どういう仲間がいるのか
01 07, 2011
写真に関する本は多々あるが、主に現代美術としての今の流れを論ずるものは結構少なく、最近はどういう作家がいるのかよくわかっていなかった僕にとって、これはありがたい本だった。ただこれは論じているというより、アーティストカタログの印象に近い。
「現代写真論」シャーロット・コットン(晶文社)
大御所から海外の若手までの代表作をカラー写真で紹介し、その作品の成り立ちを簡潔にまとめ、系統立てて分類していく本書は、どういう人がどういう写真を撮っているのかを知るにはもってこいと言える。もちろん各作家をほぼ1枚の写真で定義していくのは少し乱暴だが、それは著者もわかっていることで、大きな流れを優先する場合仕方なかろう。
未知の名前や言葉が多々あったが、自分の作品がどの傾向にあるのか明確になったし、好みでない作品やできそうにないスタイル等、散見できるのは参考になった。ただこういう情報は本ではなく、現場で知っていくべきものなのだろう。現場とは展示会場としてのギャラリーや、作家同士の会話で知っていくということだ。明らかに今の自分にはこれが欠けている。
「クリスチャン・ボルタンスキーの可能な人生」C.ボルタンスキー + C.グルニエ(水声社)
ボルタンスキーが色々言っている。「どうしたら成功できるのか」という若きアーティストからの問いに、こう応えている。「どういう作品を作っているかではなくて、どういう仲間がいるのかが重要であること。そこで形成される友人網こそが作品を形成していく肝であること、いい友人なり議論できる仲間がいない場合、その後の道は厳しいと言うしかない。」そしてボルタンスキーの場合、自分がいかに周囲の友人知人に恵まれていたかを語っている。彼の不幸で特異な生い立ちからすると、その後の幸運もバランスがとれているように思うが、イリアナ・ソナベントやハラルド・ゼーマンといった伝説的なギャラリストやキュレーターと、友達を通して次々に知り合っていくあたり、その友人網の威力は無視できない。
制作という行為は、徹底的な孤独と共にあるが、作品への客観的視点を得るには、やはり自分以外の意見を聞くしかない。そしてそれが上下関係のあるものではなく、同じ目的を持つ友人の意見であることが重要なのだろう。本来の議論はそこからしか始まらないということか。
保坂和志のエッセイで、以下のような話があった。
ビートルズが世界を振り回していたとき、アメリカでもそれを真似してモンキーズが結成された。しかし、全米オーディションを経て集められたメンバーも、リバプールの田舎で出会ったジョンとポールの相手ではなかった。もちろんあの2人の才能がずば抜けていたのかもしれないが、どちらかが欠けていた場合、あのような音楽が生まれただろうか。そもそも始めから、あの才能が2人に備わっていたかどうか疑わしい。ビートルズの奇跡的な成長は、2人の切磋琢磨があって初めて生まれたものではないのか。
僕は幼い頃から友達を作るのが下手で、それは今でも変わらない。正直友達はいなくても生活できるし、その労力を払うくらいなら独りでいる方が楽だと思っていた。しかし、それは何もしない場合のみ機能する考えであって、何かをするにあたって行動を起こす場合、独りではどうにもならないことを思い知る。日々その労力を惜しまず、友人を大切にできる人の凄さを思う。そしてそういう友人関係から生まれるミラクルは、独りでは味わえない快感なのだろうと夢想する。
「現代写真論」シャーロット・コットン(晶文社)
大御所から海外の若手までの代表作をカラー写真で紹介し、その作品の成り立ちを簡潔にまとめ、系統立てて分類していく本書は、どういう人がどういう写真を撮っているのかを知るにはもってこいと言える。もちろん各作家をほぼ1枚の写真で定義していくのは少し乱暴だが、それは著者もわかっていることで、大きな流れを優先する場合仕方なかろう。
未知の名前や言葉が多々あったが、自分の作品がどの傾向にあるのか明確になったし、好みでない作品やできそうにないスタイル等、散見できるのは参考になった。ただこういう情報は本ではなく、現場で知っていくべきものなのだろう。現場とは展示会場としてのギャラリーや、作家同士の会話で知っていくということだ。明らかに今の自分にはこれが欠けている。
「クリスチャン・ボルタンスキーの可能な人生」C.ボルタンスキー + C.グルニエ(水声社)
ボルタンスキーが色々言っている。「どうしたら成功できるのか」という若きアーティストからの問いに、こう応えている。「どういう作品を作っているかではなくて、どういう仲間がいるのかが重要であること。そこで形成される友人網こそが作品を形成していく肝であること、いい友人なり議論できる仲間がいない場合、その後の道は厳しいと言うしかない。」そしてボルタンスキーの場合、自分がいかに周囲の友人知人に恵まれていたかを語っている。彼の不幸で特異な生い立ちからすると、その後の幸運もバランスがとれているように思うが、イリアナ・ソナベントやハラルド・ゼーマンといった伝説的なギャラリストやキュレーターと、友達を通して次々に知り合っていくあたり、その友人網の威力は無視できない。
制作という行為は、徹底的な孤独と共にあるが、作品への客観的視点を得るには、やはり自分以外の意見を聞くしかない。そしてそれが上下関係のあるものではなく、同じ目的を持つ友人の意見であることが重要なのだろう。本来の議論はそこからしか始まらないということか。
保坂和志のエッセイで、以下のような話があった。
ビートルズが世界を振り回していたとき、アメリカでもそれを真似してモンキーズが結成された。しかし、全米オーディションを経て集められたメンバーも、リバプールの田舎で出会ったジョンとポールの相手ではなかった。もちろんあの2人の才能がずば抜けていたのかもしれないが、どちらかが欠けていた場合、あのような音楽が生まれただろうか。そもそも始めから、あの才能が2人に備わっていたかどうか疑わしい。ビートルズの奇跡的な成長は、2人の切磋琢磨があって初めて生まれたものではないのか。
僕は幼い頃から友達を作るのが下手で、それは今でも変わらない。正直友達はいなくても生活できるし、その労力を払うくらいなら独りでいる方が楽だと思っていた。しかし、それは何もしない場合のみ機能する考えであって、何かをするにあたって行動を起こす場合、独りではどうにもならないことを思い知る。日々その労力を惜しまず、友人を大切にできる人の凄さを思う。そしてそういう友人関係から生まれるミラクルは、独りでは味わえない快感なのだろうと夢想する。