現場撮影

12 11, 2010
先日、日の出前のゆるく雨が降るなか、妹と出かけた。事情があり、父の事故現場の写真が必要になったからだ。事故発生時の明るさに合わせて撮影することが重要なので、この時間となった。実家から駅までの道を歩く。中学校1年生から浪人時代まで、ほぼ毎日この道を行き来していた。じつはこの時期残念ながらほとんどいい思い出がないので、この道を明るい気分で歩いたことはほとんどなかったように思う。今思えば悩む必要など全くないことばかり考え、考えるべき重要な事をほったらかして、この道を歩いていた。僕がひとりで暮らすようになってバスが通るようになったこともあるが、とにかくこの長い坂道をえんえん下っていく(帰宅時はえんえん上っていく)ことが好きになれず、帰省する時も必ず僕はバスに乗っていた。必要がなければ通ることを避けた道だった。しかし、父は通勤時もこの道を歩いていたし、それは定年になっても変わらず、事故が起こった当日も同じだった。父は何を考え歩いていたのだろうか。距離は1キロほどあり、無心で歩くには時間がかかるため、絶対に何かを考えなければ歩き通せないような道なのだ。その一直線にのびる坂道は、もうたどり着かないのではないかと思わせる視覚効果があった。それは今でも変わらない。
たわいない話でもしようと思い、妹に話しかける。来年1年生になる息子を持つ妹は、その入る予定の学校について話してくれた。その内容は全くたわいなくなく、ひたすら感心していると、そんなことも知らないのか、子を持つ親としてそれでいいのかと怒られてしまった。昨夜もぜんぜん実家に帰らないことで、注意されたばかりなのにまたこれだ。そういえば実家にいた頃ほとんど毎日僕は怒られていたが、これは事故現場の撮影とは全く関係ない話だ。

現場で撮影を始める。妹に父の代わりになってもらい、横断歩道などで立ってもらう。日の出まえの時間に合わせて、露出やシャッタースピードを調整して写真を撮る。こんなに重い気分で撮影することはあんまりなかろうと思う。昨夜打ち合わせした通りに、機械的に作業を進める。すぐに日がのぼり撮影も終了する。妹は立ちモデルをやりつつ、信号が変わるタイミングなどを調べていた。
さっきの雨が嘘のような鮮やかな朝の光のなか、妹と別れ自宅へ向かう。都心を目指すその電車は既にラッシュで、1時間以上もまれているのはしんどかったが、父が定年までこの電車で通勤していたことを考えると、もうそれだけで偉業なんではと思いたくなる。爽やかに富士山が見えていたりするのだが、電車内は暑さで窓が白くなっていて、富士山もぼやける一方だった。うまい具合に前の席が空き、座れる。そして僕の意識も白くなり、そのまま眠ってしまったのだった。
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