徹底的な無常観

09 19, 2016
作品に言葉が被さっている。展示物だけではもの足りないのだろう。「もっと言いたいことがあるが、これで我慢する」という箍が外れて「もっと壊したい」という明確な意志が空間に充満していた。今までの精錬とした隙のない構成は消え去った。混沌しかない空間は全てがフリーハンドで、これまで封印されてきた感情がだだ漏れ状態になっていた。完成度を極限まで追求する姿勢が反転し、どこまで破壊できるかを欲望のまま露にした結果「こうなりました」という展示だった。

「ロスト・ヒューマン」杉本博司(東京都写真美術館)
僕は物を収集したことがないので、そこに展示されている様々な過去の遺物がどれほどの価値を持つのか知らないのだけれど、きっとどれも高価なのだろう。それらを利用した、人類滅亡後の世界を観て回る構成は、人がたくさんうろついているにも関わらず、なんだか盛り上がっていない。唯一の救いは、著名人に代筆させた様々な手書きのメッセージなのだが、それも「へえ。あの人はこういう筆跡だったんだ(平野啓一郎の達筆さと原研哉のかわいい文字が、僕にとってはツボだった)」という好奇心が刺激される程度だ。しかもそれはカタログには記載されていない。結局、杉本博司コレクションが、設定を変えて展示されているということか。
フロアが変わると、次の空間になる。そこには劇場シリーズの退廃バージョンが並ぶ、いつもの緊張感ある展示光景だ。しかし、そこにも言葉が被さり徹底的な無常観が主張される。滅亡への憧れに杉本博司が染まっているのかもしれない。その裏側の空間に、三十三間堂の仏達が静かに並んでいる。これを初めて見たのは、もう何年前だろうか。そして、ここまできて観者はようやく言葉から解放される。

言葉は思わず読んでしまうし意外に頭に残る、かなりうるさい存在だということを、今回意識できた。無言の仏達を見ていると、確かに人間は何をしているのだろうと思うしかない。ほぼ毎日どこかでテロが起きている。死んではいけない人が次々に亡くなっている。つい最近は、北朝鮮が核実験を行なった。本当に人類は滅亡してしまうかもしれない。
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画像:http://www.fashion-headline.com/article/img/2016/06/29/14858/173615.html
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