特別な人
10 14, 2010
「人間に例外などない。誰ひとり人間は選ばれてなんかこの世に生まれては来やしない。もし生まれつき別格で美しかったり悪かったりという人間がいたら、自然が見逃しておかない。そんな存在は根絶やしにしてしまうだろう。あなたは本物ではない、なぜなら自然を嫉妬させる程の魅力がないから。あなたには誰の目にも喪ったら惜しいと思わせるようなものが何ひとつないから。あなたは自分を選ばれた特別な人間と思いたいのでしょうけれど、自然はあなたに目もくれず、あなたに敵意を持つことなど金輪際ありはしない。なぜならあなたは偽物だから」三島由紀夫(かなり要約)
血眼になっても望むものはほぼ手に入らない。しかし血眼にならなければ何も手に入らない。また悔しいことに、特技があったとしても、自分以上にそれを鮮やかに完遂する人は必ず存在する。そして、その人はさしてそれを行うことに力を必要としていない。
「能力のある人は、その能力を望んだりしない」と妻に言われ、妙に納得したことがある。執着心や向上心は、自分の未熟さを知るがゆえに生じるものであって、それを自覚する機会は、優れた他人を見る経験が一番だろう。ましてやその天才がさらなる努力をしていようものなら、手に負えない。安藤忠雄は建築家になる前、そのあまりに華麗なファイティング原田のスパーリングを見て、ボクシングに見切りをつけた。
自分がいまだにのうのうと制作を続けられるひとつの理由に、本物の逸材をまだ見ていないという事実があるのかもしれない。もしくはその存在に気付く眼がなかったのかもしれない。スポーツであればその歴然と冷酷なまでに示される力の差が、こと芸術になると完全に曖昧になるゆえ、作者がやめない限りその行為は続けられる。
「豊穣の海」三島由紀夫(新潮社)を読んでそんなことを考えた。ただこの小説はそういう話ではなく、三島由紀夫もこういうことが言いたかったのでは全然ない。結末の空中分解に合わせて、それまでの贅沢の限りを尽くした言葉の数々が飛び散るなかで、冒頭の台詞が僕にへばりついて剥がれなかったということだ。三島はこの小説を書き上げた一週間後に自決する。その行為自体には多くの意見があるだろうし、ここでどうこう書くつもりはないが、彼はなんとかして自分を特別な存在にしたかったのだろう、とは思う。
血眼になっても望むものはほぼ手に入らない。しかし血眼にならなければ何も手に入らない。また悔しいことに、特技があったとしても、自分以上にそれを鮮やかに完遂する人は必ず存在する。そして、その人はさしてそれを行うことに力を必要としていない。
「能力のある人は、その能力を望んだりしない」と妻に言われ、妙に納得したことがある。執着心や向上心は、自分の未熟さを知るがゆえに生じるものであって、それを自覚する機会は、優れた他人を見る経験が一番だろう。ましてやその天才がさらなる努力をしていようものなら、手に負えない。安藤忠雄は建築家になる前、そのあまりに華麗なファイティング原田のスパーリングを見て、ボクシングに見切りをつけた。
自分がいまだにのうのうと制作を続けられるひとつの理由に、本物の逸材をまだ見ていないという事実があるのかもしれない。もしくはその存在に気付く眼がなかったのかもしれない。スポーツであればその歴然と冷酷なまでに示される力の差が、こと芸術になると完全に曖昧になるゆえ、作者がやめない限りその行為は続けられる。
「豊穣の海」三島由紀夫(新潮社)を読んでそんなことを考えた。ただこの小説はそういう話ではなく、三島由紀夫もこういうことが言いたかったのでは全然ない。結末の空中分解に合わせて、それまでの贅沢の限りを尽くした言葉の数々が飛び散るなかで、冒頭の台詞が僕にへばりついて剥がれなかったということだ。三島はこの小説を書き上げた一週間後に自決する。その行為自体には多くの意見があるだろうし、ここでどうこう書くつもりはないが、彼はなんとかして自分を特別な存在にしたかったのだろう、とは思う。