その理由は誰にもわからない
03 20, 2015
借金で困っていたラーメン二十郎の経営者が、スーパーコンピュータの指示通りに店を大改造して道路から5m引っ込め、出前用のバイクを店の前ではなく信号近くに放置し、店員を若い男2人にしただけで、店が大ブレイクしてV字回復、という話しがある。(業田良家「機械仕掛けの愛/自由ロボット ゴンドウ」)これは、全国60万件の飲食店から毎日得られる細かな情報を人工知能が分析して崩壊寸前のラーメン屋に適応させただけで、その適用箇所と売り上げ増加の因果関係は、答えを出したコンピュータにも指示した人間にも、もちろんラーメン二十郎の経営者にもわからない、というビッグデータのどうにも信じ難い雰囲気を良く表している。そしてこれはもう空想物語ではなく、それはリアルに社会に侵蝕してきている。
「データの見えざる手」矢野和男(草思社)
読み進めるほどに気分が滅入ってくる本は時々あるが、僕はどうにも「調査」とか「データ」と名の付くものに馴染めない人間なので、ここまでデータ重視の思考が蔓延している現実を知ると、なんともやるせない。どうやら人それぞれが持つ「自分だけの感覚」というものは、思う以上に自由が効かないらしい。著者は、人に装着するセンサを使い、8年間、1日24時間365日ずっと左手の動きを計測し、いつ自分が活発に動いたのか、いつ休んだのか等を視覚化し、著者の行動パターンを解析し続けた結果、自由に決定しているつもりだった意志でさえも、ある法則性を持つことを認めるに至る。宇宙や万物のあらゆる変化が「エネルギー」のやりとりであるように、意志や好みや感情で動いているつもりだった人間もそうではなく、どうやら同じ「有限の資源」をやりとりする中で動くしかない存在のようだ。以降本書には、様々なセンサを使用し得られたビッグデータで問題を解決した、日立製作所中央研究所(著者が主管研究長)の成果が羅列される。それはもう何かの自己啓発本のようだ。「休憩中の会話が活発だと生産性は向上する」「身体運動は伝染する、ハピネスも伝染する」「活気がある職場にすることが経営者の重要項目になる」「運も実力のうちから運こそ実力そのものへ」「ビックデータで儲ける3原則」等々、とどまることがない。「コンピュータvs人間、売り上げ向上対決」というのもあり、これはもうさっきのラーメン二十郎の話しそのものであった。ある店舗をモデルに、流通業界の専門家と著者のチームが売り上げ向上策で対決する。専門家は長年の経験を持って店長からのヒヤリングや事前データを元に、注力すべき商品群を決め、店内広告を設置したり棚の配置を改善する案を出した。一方著者のチームは、10日間店長や顧客の行動パターンを計測するセンサを付けてもらい、そこから得られたデータを人工知能に分析させた。いわゆる流通業界の常識や仮説を全く無視して改善策を打ち出す方向だ。結果人工知能は、店内のある特定の場所に10秒間だけ従業員の滞在時間を増やすと、顧客の購買金額が平均145円向上するということを定量的に示唆する。そこで著者のチームは、実際に従業員にその「ある特定の場所」にできるだけ滞在してもらうよう指示し、1ヶ月後の結果を待った、どうだったか。その差は劇的で、専門家の改善策ではなんの効果もなかった一方、人工知能案では売り上げが15%アップしたそうだ。専門家の悔しさを思うと言葉がない。ある場所に従業員が立つ時間を増やすだけで、利益が出るとはどういうことか。たぶん顧客の流れ方が変わり、それによってバタフライエフェクト的に何かの連鎖が始まるのだろうが、そんな明確な理由は誰にもわからない。しかし利益が出るのだ。これに飛びつく人間は多いだろう、結果だけを求める人が多いように。しかし、そこまで人間は盲目的に何かを信じてしまうのだろうか。そう思うのは僕が、切羽詰まっていない気楽な人間だからだろうか。ただ経済成長を求めて蠢く企業がこの「データの見えざる手」と手を繋ぐことを躊躇するシーンは浮かびづらい。
「データの見えざる手」矢野和男(草思社)
読み進めるほどに気分が滅入ってくる本は時々あるが、僕はどうにも「調査」とか「データ」と名の付くものに馴染めない人間なので、ここまでデータ重視の思考が蔓延している現実を知ると、なんともやるせない。どうやら人それぞれが持つ「自分だけの感覚」というものは、思う以上に自由が効かないらしい。著者は、人に装着するセンサを使い、8年間、1日24時間365日ずっと左手の動きを計測し、いつ自分が活発に動いたのか、いつ休んだのか等を視覚化し、著者の行動パターンを解析し続けた結果、自由に決定しているつもりだった意志でさえも、ある法則性を持つことを認めるに至る。宇宙や万物のあらゆる変化が「エネルギー」のやりとりであるように、意志や好みや感情で動いているつもりだった人間もそうではなく、どうやら同じ「有限の資源」をやりとりする中で動くしかない存在のようだ。以降本書には、様々なセンサを使用し得られたビッグデータで問題を解決した、日立製作所中央研究所(著者が主管研究長)の成果が羅列される。それはもう何かの自己啓発本のようだ。「休憩中の会話が活発だと生産性は向上する」「身体運動は伝染する、ハピネスも伝染する」「活気がある職場にすることが経営者の重要項目になる」「運も実力のうちから運こそ実力そのものへ」「ビックデータで儲ける3原則」等々、とどまることがない。「コンピュータvs人間、売り上げ向上対決」というのもあり、これはもうさっきのラーメン二十郎の話しそのものであった。ある店舗をモデルに、流通業界の専門家と著者のチームが売り上げ向上策で対決する。専門家は長年の経験を持って店長からのヒヤリングや事前データを元に、注力すべき商品群を決め、店内広告を設置したり棚の配置を改善する案を出した。一方著者のチームは、10日間店長や顧客の行動パターンを計測するセンサを付けてもらい、そこから得られたデータを人工知能に分析させた。いわゆる流通業界の常識や仮説を全く無視して改善策を打ち出す方向だ。結果人工知能は、店内のある特定の場所に10秒間だけ従業員の滞在時間を増やすと、顧客の購買金額が平均145円向上するということを定量的に示唆する。そこで著者のチームは、実際に従業員にその「ある特定の場所」にできるだけ滞在してもらうよう指示し、1ヶ月後の結果を待った、どうだったか。その差は劇的で、専門家の改善策ではなんの効果もなかった一方、人工知能案では売り上げが15%アップしたそうだ。専門家の悔しさを思うと言葉がない。ある場所に従業員が立つ時間を増やすだけで、利益が出るとはどういうことか。たぶん顧客の流れ方が変わり、それによってバタフライエフェクト的に何かの連鎖が始まるのだろうが、そんな明確な理由は誰にもわからない。しかし利益が出るのだ。これに飛びつく人間は多いだろう、結果だけを求める人が多いように。しかし、そこまで人間は盲目的に何かを信じてしまうのだろうか。そう思うのは僕が、切羽詰まっていない気楽な人間だからだろうか。ただ経済成長を求めて蠢く企業がこの「データの見えざる手」と手を繋ぐことを躊躇するシーンは浮かびづらい。