幻想的な光景

01 22, 2015
小学校2年の冬に僕は初めてスキーをした。もう35年前の話だ。父に連れられ電車を乗り継ぎ、何時間もかけてスキー場へ向かった。当時の僕は乗り物酔いがひどく、長時間乗車していると外気を吸いたくなる癖があった。その電車は温度を保つため、自分でドアを開ける仕組みになっており、へろへろになった僕は、ドアから首だけ出して呼吸していたのだが、閉じる時だけは自動なので、見事に首を挟まれてしまった。ちょうど父がそれに気づかず、僕は首を挟まれバタバタしていた。その時、ドアの両サイドにいた初老の男性と若者がお互いにドアを引っぱり、動けなくなっている僕を助けてくれた。その後どういういきさつかは覚えていないが、父とその2人の男性は急速に親交を深め、何を思ったのか、初老の男性が知っているという旅館にそのまま泊まることになった。さっきまで他人だった、老人と中年と若者の男3人+子供1人が、枕を並べて同じ部屋に寝ているのだ。なんだか不思議で、妙にこの旅館での記憶が残っている。やたら具材が多い丼で食べるお雑煮とか、あまりの寒さに服が脱げなかった風呂場とか、雪がびっしり付着した窓とか、狭い和室と使い込まれたコタツとかなのだが、思えばどれも雪国らしい幻想的な光景といえる。
次の日初めてのスキーをした。完全な初心者なので、ゲレンデを平行移動する程度だったが、帰る間際に1回だけリフトに乗った。オレンジ色の1人乗りの旧式のリフトだった。しがみついて乗っていると、父がずっと後ろを向いて何やら言っていたが、風が強くて全く聞こえない。なんとかリフトから降りて、上から見下ろした雪面は、初心者的視点からだと崖そのものだった。さすがにここを滑るのは不可能だろうと思ったが、ヒートアップした父から「谷足加重!」という指示のもと、ゆっくり左右に曲がりながら、本日習いたてのボーゲンをした。その過剰な前傾姿勢ゆえの不格好さは、目に余るものがあったと思うが、父がやたらに誉めてくれたことを覚えている。
僕は表情がそれほど外に出るタイプではないので、たぶんその旅行中ほとんど笑わなかったと思う。電車では気持ち悪くなったあげく首を挟まれるし、慣れない場所で慣れない人達と慣れない夕食を共にし、天候も悪くスキーも怖いだけだった。しかし、その冬以降中学卒業まで、僕は毎年家族とスキーに出かけ、お正月を過ごすことになる。大学時代や社会人初期の頃は、スキーが友人や恩師との年末恒例行事で、これがないと年を越せなかった。あの初体験以外、毎回間違いなく笑っていた。とは言え、どのスキーが一番印象に残ったのかという問いがあったら、僕は父と2人だけで出かけた、あの日を選ぶのだろう。35年前の記憶が、おそらく美化されているだけだが、どうしても忘れられない。
という体験を、ちょうど小学校2年になった娘に味わってもらおうと思い、先週思い立って衝動的にウェアを買いに行った。今のところ娘は盛り上がっている。実際に滑るその日、今のテンションが急降下しないことを祈る。たぶん僕が味わったような不思議な夜はないけれど、何か記憶に残る体験をさせたいとは思う。
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