空気感が全然違う

07 17, 2014
娘はだいたい7時半過ぎに家を出て学校に向かう。先日、忘れ物を届けに娘を追いかけた。すぐに追いつくかと思っていたが意外に進んでおり、角をふたつほど曲がって下っていく坂道の先に、赤いランドセルを背負った娘を見つけた。そしてどういうわけか、その光景が新鮮だった。いつもの道がいつもの印象ではなく、またいつもの娘がいつもの姿ではない感じなのだ。言わば僕はその場所ではよそ者だった。小学生がパラパラ通学している道に、なんとも不釣り合いな大人が紛れ込んでいて、まあ妙ではあった。しかし、そういうビジュアルの異物感よりも、娘が歩いているその道の空気感が、もう全然違うのだった。
なぜか。状況はいたって単純だ。娘の姿を自分の生活圏内の道で見つけた。その人は自分の家族だし、道も知っている場所だし、それこそ日常感溢れるシーンのはずなのに、それは僕にとって明らかに非日常だった。たぶん娘の意識は、家を出た後徐々に僕抜きの日常へシフトしていたのだろう。そういう自然発生した他者の意識は、なかなか感じ取れないものだと思っていたが、先を歩く娘の後ろ姿を見ただけで、もう直感的に察知できた。「ああそこに僕はいないと思った」そして、それが伝わってくると、自分が見ている光景も変化するらしい。同じ場所でも感じ方次第で、全く別の光景が広がるようだ。例えば、家にカメラを設置して、そこを通る自分を撮り続ける。そのカメラを意識しているうちは、いつもの自分が写るのだろうが、なにかの拍子にその存在を忘れ、カメラを完全に意識していない自分がそこに写り始めると、今までの自分が知らない自分を見れたりするのだろうか。そんなことを、娘に忘れ物を届けて、家に戻る道すがら考えてしまった。
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