自由な動き

08 10, 2010
先日、家の周囲の雑草を一掃すべく、体を酷使した。家の周囲はすっきりしたが、僕の体は筋肉痛でギシギシいっている。移動以外にほとんど体を動かさないので、こういう時、体は筋肉で覆われていることを実感する。特に背中から腰、太ももの内側に至る部分がひどく、あらゆる動きがコマ送りのスローモーションのようだ。ただこれが痛いけれど、変に気持ちよい。普段やらない場所の掃除をした気分に近い。40近くになると、体の使用法がパターン化され、使う筋肉、使わない筋肉の格差が広がる。幼児の風と戯れる姿が、大人はマネできない開放感に満ちているように、年齢が低ければ低い程、体の動きにあらゆる筋肉を使っていそうで、自由な動きが可能なのではなかろうか。バレエやピアノなど、幼少期の訓練がモノをいう世界は、まず前提としてこの癖のない柔軟な筋肉が必須なのだろう。そう考えると僕の筋肉は癖だらけであり、何かを覚えていく能力は著しく劣ることになる。
現在制作しているシリーズはある程度「技」が必要で、短い時間だが、滑らかに筋肉が機能する必要がある。解決策は何度も失敗を繰り返すことでの「技」の研磨しかない状態なのだが、全く別の筋トレをすることも、新しい解決法かもしれない。筋肉が体の全身を覆いそれぞれを繋げていることを、隅々に行き渡る筋肉痛が主張している。さらに筋肉の柔軟さが、自由な動きを作る以外にも、思考や表情のやわらかさにまで繋がるのであれば、ジョギングをしている人の爽やかさも理解できる。ただこれは意志の問題だが、運動するという行為は、非常に億劫で簡単に打破できるものではない。だからこそこんな感じで40近くになったわけだ。毎日欠かさずトレーニングとして体を動かせる人は、尊敬に値する。
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