3回も行った場所

10 01, 2013
直島へ行った。3回目になる。最初は2003年頃だった。当時は店も少なく、泊まるところも少なく、たぶんバスの本数も船の本数も少なかった。地図を持って作品を目指して歩くのだが、ほとんど誰とも出会わず終始ひとりで、傘に当たる雨の音ばかりで直島はとても静かだった。何の計画もなく突然思い立って来たので、何処にも泊まれなかった。ずっと雨が降っていて、宇野港に一軒だけあったお店で船を待つ間、たこ飯を食べビールを呑んだが、完全に店というより個人宅だった。ビールは家庭用の冷蔵庫から缶で出され、たこ飯を食べ始めると「母ちゃん、わしもたこ飯」と店の子供が母親に注文し、何故か一緒にたこ飯を食べた。居候の気分も同時に味わえた。
2回目は2006年、お腹に娘が入っている妻と行った。その時は美術館に併設されているホテルに泊まった。宿泊者専用のバスが充実していて、実に快適な移動だった。宿泊者だけが観れる作品も多々あり、無理してコース料理を予約したりして、なんとも贅沢な時間を過ごした。地中美術館もこの頃は完成しており、モネの睡蓮の美しさに息が詰まり、タレルのオープン・スカイを観て、空の色変化に息を呑んた。唯一の問題はお金を使い過ぎて、ため息が止まらなくなったことか。

そして今回3回目。小学1年になった娘を連れて3人で来た。宇野港はずいぶんとオシャレになり、草間の赤かぼちゃがどっしり座っていた。店の数は驚くほど増え、作品を求めて彷徨う人々が(若者からお年寄りまで)そこかしこにいて、英語はもちろん韓国語も飛び交うようになり、バスは常に満員だった。作品数も格段に増え、他の島にもパーマネント作品ができ、この近辺は、一泊で全てを観るのは到底不可能なアートワールドに変貌していた。
そして今回は、妻お薦めのパオに泊まった。これが異文化ながら魅力満載の空間で場所もよく、娘は大喜びだった。夕方に到着したので、そのまま地中美術館のタレル作品を娘に見せようと考えていたが、あまりにもパオとその前に広がる海が素晴らしいので、空の色変化は作品ではなく実物で充分なのではと思え、周囲を散歩して過ごした。調度仕事が忙しくなってきており、波の音はとても心を落ち着かせてくれ、旅行も大切だなあと素直に思った。夜中に外へ出ると、視力の弱い僕でも充分その凄さがわかる程、星が輝いており、何も考えられなくなった。なんとか写真に撮れないかと思い、色々やってみたが、空は広角レンズでも追いつかない程に広く、たいした写真は撮れなかったが、そういう太刀打ち出来ない実物と対峙するのは、逆に気持ち良かった。

数年の時間を経て3回も行った場所は、直島以外にあまり思いつかない。そして毎回、前回以上の満足感を与えてくれることに、ここの凄さを感じた。正直、李禹煥美術館は、小学生にとって「?」そのものだろうが、ああいう贅沢な空間に身を置くだけでも、僕は充分楽しかった。ただ、それなりに頑張ったのだが、新しく出来た作品はほとんど観れなかった。10年前のガツガツした自分はもう影を潜め、しんどい思いをするのであれば「観るのは次の機会でいいか」という、40代の己を実感した。数年後には、他島へのアクセスがさらに充実していますように、また新しい美術館もできますように等々、勝手な願いを投げかけ、帰途についた。
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