依存症

10 10, 2012
変調が起こった時点で対処しているのに、その変調を読み違えていた時、状況はさらに悪化して事態はより解決困難になる。自分のどこに問題があったのかを検討し直すことは、対処法のミスを肯定することだが、そういう「負け」は素直に認めるに限る。風邪をひくといつもそう思う。自分は健康だという思い込みは、大抵後悔に繋がることを理解しているつもりなので、いわゆるひき始めに敏感に反応し風邪薬をのんでいるのに、事態が悪化すると実に悔しい。 「問題Aですよ」という顔つきで登場したから、Aとして対応したら、AのふりしたBだった、みたいな感じでいただけない。以前はそういう読み違いがほとんどなく、無難にやりすごして来たのに、ここ最近はミスが目立つ。これが40代なのかと思う。ここ最近のタイプは、のどの痛みから始まり、セキに繋がるものだ。のどの痛みは薬でクリアできるのだが、このむせるようなセキが曲者で引きずることが多く、なかなか縁を断ち切れない。これまでの生き方によるのだろうが、病気(風邪程度の場合)を薬に頼って治す人と、気合いや耐えることで治す人がおり、僕は明らかに前者なのだが、この生き方をしてきた場合、薬があれば特に問題はないが、効く薬がない場合、もしくは見つかっていない場合、とても心細くなる。僕の場合、以前引きずったセキの症状は、病院でもらった薬が効かないという事態になり困った。結局どこの病院で処方してもらった薬も効くことなく、なんとなく治ったのだが、こういう経験をしていると、確かに病院に行く気がしなくなる。妻は病気を気合いで治す、もしくは病気を病気と認めない方法で生き延びて来たタイプで、狂った体調をどう元通りにするかでよく議論になったのだが、病院の薬が効く人と効かない人、もしくは効く症状と効かない症状があることが、今は理解できる。何も好んで気合いで治したいわけではなく、効く薬がない場合は気合いや時間の経過で治すしかないということだ。薬に頼らない「〜家秘伝の治し方」みたいのが昔はいっぱいあったのだろうが、今はどうなのだろうか。これからもっと身体は衰え、原因不明の症状が多々起こるだろう。その時いちいち薬を探し、服用したところで効くとは限らない。身体を鍛えるとかして、自分なりの薬物依存症を改善しておかなくてはと、むせるようなセキをしつつ思うのであった。
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