友達

07 13, 2012
大津市で痛ましい事件があった。去年のことだったらしいが、問題が露呈しメディアがそこに加わり、全貌を明らかにすべく、遅すぎる気もするが警察も介入した。いじめがあったのかなかったのか、たぶんそんなことは現場にいた生徒達にとっては自明のことだし、亡くなった生徒さんのご両親にしてみれば、何をいまさらという展開だろう。最近、加害者とされる少年の画像もネットに流出した。その顔を見るとその幼い表情に驚く。うんざりするような行為を、こんな子供が強制していたのかと思うと、なんとも脱力する。

「少女」湊かなえ(双葉文庫)
対象となった少女は「迫害」という言葉を使っているが、ここでもいじめが描かれる。いきなり遺書として書かれた文章から小説は始まり、これを書いたのが誰なのか、徐々に明らかになるが、たぶんそこは本筋ではない。「死」を安易に考えてしまった女子高校生が、その重さに気づかず、自分たちのしでかした事の重大さに、最後まで真摯に向き合わない怖さが重要なのだろう。友達が何を考えているのかばかり心配している割に、仲間以外の人間に関しては人を人と見なさない冷酷さは、物語とはいえ恐ろしい。

僕は友達といえる人が少ない。幼少時から深く人と付き合うことを恐れていたのだろう。もういい年齢なので、そういうことで頭を悩ませることはないが、中学生位までは結構苦労した。たぶん問題なのは、友達を欲しいとそれほど思っていなかったことだ。理由は単純で、好かれるとか嫌われるという問題から逃避したかったのだ。ひとりであれば、変なすれ違いで気をもむこともない。もちろん、それがよくない考えであることは承知の上だったが、まさかそれが軌道修正されないまま成人してしまうとは思ってもいなかった。当然だが、今でも友達は片手で足りる。これは明らかに選んだ生き方の問題で、仕方ないと思っていた。
しかし、それは何歳からでも改善すべきなのだ。やはり独りの世界は狭い。何か事を起こそうと思えば、かならず他者の力が必要になる。そしてその他者と交わることで磨かれるリアルな経験以上に自分を広げる技は、そうあるものではない。さすがに友達を増やすことは困難だが、仕事などを通して信頼できる人間関係を築かないことには、物事が進まない。
昨夜、作業をしていたら、娘が泣きながらスタジオに入って来た。一緒にいたいということらしい。人と一緒にいることの安心感は本能のひとつなのだろう、それを否定してはいけないのだ。娘にとって、今はその存在が親なのだろうが、それが友達になり恋人になり、と変化していく姿が自然なのだ。独りで居続けるのは、やはりどこか歪んでしまうように思う。

いじめられている人がいたら、とにかくなんとか耐えて欲しい。もちろん解決の糸口が見つかればそれに越したことはないが、それは大抵難しい。ただ、世界はそこだけの存在ではない。想像以上に広いものだ。たぶん数年後あなたは全く別の場所にいるだろう、環境が違えば世界は一変する。それだけは信じていいはずだ。
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