正解とは

07 05, 2012
芸術は正誤の判断ができない。そこでいかにこの作品が正統な流れにあるかを、美術史や作家の活動歴、受賞歴を使ってその作品はアピールされ評価される。もちろん作者の方には完成に至る途中で、目の前の作品が正しいかそうでないか、という問いがないわけではないが、あまりそこにかまけていると前進できない。ある地点まで来たらそれまでの実感を信じて、アウトプットするしかない。判断はその後の問題になる。ただやはりそこには、それまでの苦労が報われるような価値が伴って欲しいと思うのは人情だろう。しかしなかなかそうはいかない。傑作としか思えない自分の作品が、全く話題にされないという体験は、作家であれば何度もあるはずだ。そして思う、芸術にも正解という明確な答えがあれば、このもどかしさが消えるのではないかと。

「完全なる証明・100万ドルを拒否した天才数学者」マーシャ・ガッセン(文春文庫)
数学は芸術とは違う。そこには正解という真実が明確に存在している。しかし、その問題があまりに難解すぎて、一般人にはその問いすら理解できないような超難問になると、正解がどこにあるのかその判断自体が困難になる。幾何学上の最難問といわれたポアンカレ予想「単連結な3次元閉多様体は3次元球面Sの3乗に同相である、という命題を証明せよ」もそのひとつだ。もちろんその問題自体が一般人には到底理解できない。歴代の天才数学者達ですら歯が立たなかった。しかしその先人達は破れたにしろ解決の糸口はいくつか見つけ出しており、それらの要素をヒントに次世代の天才達が再び挑戦するという構図が、いわゆるミレニアム問題※にはある。
その超難問を証明したという人物が2002年に現れた。彼はそれを数学界の重鎮達に11月12日の朝5時、次のような唐突なメールで伝えた。「リッチ・フローに対する単調性公式を与える。それは全ての次元で、しかも曲率についての仮定なしに成立する。これは、ある種の標準的な集合のエントロピーとして解釈しうる。さらに~」という書き出しでいきなりその要旨が述べられているのだが、そこには「ポアンカレ予想を解いた」というヤボな言葉はどこにもない。しかし、数学の世界に住む方々は、これでポアンカレ予想の証明に繋がるという匂いを察知できるらしい。急遽そのメールは世界中を駆け回り、多くの数学者によってその要旨の検討が始まる。メールをした本人、ロシア人のグレゴリー・ペレルマン(当時36歳)も数々の講演を行い、その証明を説明する。
つまりこのレベルになると、新しい道筋を見つけただけでも驚愕に値するようで、完結という着地点が曖昧らしい、というか誰もその証明が理解できないわけだ。 2004年になってどうやら正しいらしい、ということが確認されたが、2006年には中国人がこちらの証明が最終的なものだという主張を始め、そこにハーバードの有名教授が後ろ盾に付き、、とさらに混迷を極めるのだが、2008年ミレニアム賞※は、正式な証明はペレルマンにあるとして、その受賞に相応しいかの検討に入り、2010年3月ペレルマンのミレニアム賞決定が発表される。しかし、その授賞式に彼は現れず、賞金の100万ドルも無視されてしまった。何があったのか。

ペレルマンは今、母親の年金で隠遁生活をしているらしい。ウィキペデアによるとキノコ狩りが趣味らしい。人前に姿を見せることはほとんどないようだ。彼は幼少の頃から天才ではあったにしろ、人当たりもよく普通に人間関係を築ける人であった。彼の人間性や数学に対する真摯な態度、無欲な純粋さは本書に事細かに記述されており、数学界が突然のメールに騒然となったことも、ペレルマンからのメールだったからであり、彼であれば本当に解けたのかもしれないと多くの数学者が思ったからで、その「信用」がいかに厚かったかが見受けられる。ミレニアム問題を解いた彼には、様々なポストのオファーが舞い込み、数学界のノーベル賞というフィールズ賞も決まった。しかし彼はその全てを辞退してしまう。理由として、自分の証明を純粋に理解して欲しかったということらしいのだが、あまりにもその問題は難しすぎ理解できる人がいなかった。例えば「あなたの作品は全くわからないけれど、何か凄いことらしいからこの賞金を受け取ってくれないかとか、あなたの作品を一度も読んだことがないけれど、素晴らしいらしいから我が校の教授になってくれないか」と言われたらどう思うだろうか。メディアにあることないこと騒がれ、まるで賞金欲しさに問題を解いた印象まで付いて回った結果、ついに彼は数学に絶望してしまう。純粋だった数学の世界が世間に揉まれ、醜く歪んでしまったようだ。
たぶん芸術家にこういう人はいない。賞を辞退する人はいるだろうけれど、彼のような孤独を味わう人は少ない。それは厳密に正解があるがゆえのもどかしさなのだろう。作品を作ることと、数学の問題を証明することの比較に意味があるかは不明だが、ある可能性を信じて歩くという行為には共通性があるように思われる。その先が真実なのか落とし穴なのかは歩く本人だけが味わう経験なのだ。作品と向き合う時、自分は一体何をしているのか、この何はどこに繋がるのか、色々想像してみるが、結局は何もわからない。ひたすら歩みを進めるしかない。

※数学のミレニアム問題(7つありポアンカレ予想はそのひとつ)を解いた人物に贈られる。以下参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AC%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%A0%E6%87%B8%E8%B3%9E%E5%95%8F%E9%A1%8C
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