前向きと後ろ向き

04 21, 2012
言葉は悪いが、向上心が生み出す尖った野望によくある、人によく見られたいとか格好をつけたいという思いは、大体物事の本質を外してしまう余計な概念のように思う。冷静な視点というのは、入れ込み過ぎた没頭から生まれるのではなく、距離をおいて感情を入れずに周囲と比較しつつ、冷たく突き放す見方ともいえ、そこには明らかに諦念というべき感覚があるのではなかろうか。ポジティブだけでは進めなくなるというか。

「この世の全てを敵に回して」白石一文(小学館)
挑発的な言葉が列挙される。もの凄いネガティブ思考で徹底的に人間の性を暴こうとしている。少々ひいてしまう箇所もあるが、何故か嫌悪感が湧かない。
こういう場所ではそういうことを言わない方が賢明だろう、という状況判断は、空気を読む感覚として現在重宝されているが、著者は冒頭からあえてそこに踏み込んで行く。妻も子供も愛したことなどない。家族ほど煩わしいものはない等々、戸惑わんばかりの言葉が列挙される。しかし、その主張を読むことを止められないのは何故なのか。その理由が知りたくなり、結局最後まで読んでしまった。
ある程度生きてくると、大抵何かに躓く。こうではなかった、人生とはうまくいかないものだと思う。そこで普通は、手に届く範囲の快楽で自分をごまかす。楽しいことは他にもあるし、と自分を慰める。しかし、著者はそこで踏み止まる。そして、誰もが必ず行き着く「死」と向き合う。人間は確実に死ぬ。それはどんな偉大な聖者であれ支配者であれ成功者であれ、変わらない真実なのだ。過去において様々な奇跡があったかもしれない、しかしそのどれもがとるに足らないものだ、なぜなら最高の奇跡は「不死」なのだから、と著者は言う。もし人間が死なない存在になったら「私」という概念が消滅するのではなかろうか、もっと言えば現在起こっている問題の多くは消えるのではないか、何故ならほとんどの問題は、自分が死にたくないという欲、「私」が消えることへの恐れに収束されるのだから、逆に自分が不死になり、そのまま何億年も生きることになったら、「私」の維持に困り果て、切実に死を望むようになるのではないのか、この矛盾は何なのか、著者は思考を続ける。反発しきれない態度は、つまりは共感しているのかもしれず、珍しい読書体験となった。

大抵調子がいい時には、周囲を観ていない。うまく物事が進まない時こそ、視線は素朴な美に反応する。前向きであることを常に求められる風潮の中、あえて空気を乱すことで、クリアであるとされている視界に潜む霧を振り払い、本当の光景を観るべきだ、と著者は考えているのだろう。無視できない真摯な考え方のひとつだと思った。
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