BAKA

05 22, 2010
新人の頃、様々な場で芸をやらされた。バニーガールになったり、小麦粉をかぶり日本酒を一気飲みして二重飛びを続けたりした。実に下らない。しかしそういう馬鹿を人前でする時は、とにかくやり切らねばならない。変に恥ずかしがったりすると、見ている側も居たたまれなくなり、お互いにつらくなる。困るのは、そういった二度とやりたくない行為に付随する羞恥心を克服すると、妙な達成感を得られることだ。つまり、芸人が考えられない無様な行為で笑いをとる時、もちろんためらう思いを踏まえてその行動に踏み切るのだろうが、それ以上の充実感を確実に味わえるのだろう。馬鹿なことほど全力でやる必要がある。

「絵バカ」というタイトルが付いた会田誠の展示を、会社の近所に引っ越してきたミズマアートギャラリーで観た。立派な空間を新設したらしく、その重厚な扉を開けて最初に目に入る作品を観て、ああ会田誠だと思った。もう大御所なんだし、こういう作品を作らなくても充分やっていけるだろうにと思うが、たぶんやらずにおれないのだろう。北野武がどこかで「最終的には食い逃げとかで捕まりたい」と言っていたが、何かを頂点までやり遂げたけれど、そういう積み上げたキャリアを崩したあげく、笑いに転化しないと落ち着かない、という人種がいるのだろう。別に「真面目で立派な人」でいいのにと思うが、それは恥ずかしい行為をする以上に、彼らにとっては恥ずかしいことなのかもしれない。昔、会田誠の「青春と変態」を読んだ時のヤバイ共感は既に遠い出来事で、新作を観ても戦略なのかコレクターのオーダーなのかわからないが、作品からそういう背景が透けていて、いまさら何の感動もないが、その手数に顕現する行為自体の真面目さだけは、観るべき価値を有しているとは思う。
保坂和志は小説を書く際、無意識にシリアスな方向に文章が流れることを徹底して避けるらしい。徹頭徹尾だらだらした流れを維持すべく努力するらしい。たぶん絵画も同じで、自然に生まれる深刻になり重厚になりという流れの前段階で踏み止まり、意を決して能天気なままの状態を維持できるかどうか、さらにそこに意味を持たせず、無意味なまま馬鹿でいられるかどうかに、勝負をかける必要がある人もいるのだろう。凄さをアピールするようなキザな要素を排除し、どこまでも馬鹿を貫く姿勢は、好意には繋がらないまでも見事なのかもしれない。そしてなにより嫌悪感からの注目がたまらなく好きで「変態!」と言われることが、彼にとって最高の褒め言葉なのだろう。普通あの作品は笑えない。
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