感情

03 06, 2012
僕の場合初めて説得した人は両親で、内容としては美大受験を許可させることだった。もちろん即却下されたが、約半年かけて了解までこぎつけた。方法としては、言葉たくみな理論を駆使したわけではもちろんなく、何度も言うとか感情をぶつけるという愚直極まる方法だったと記憶している。

感情や勘といったものは、ビジネスにおいて特に軽視される傾向が強い。綿密な調査結果に基づく多数決が、重宝される流れは止められそうもない。私はこう思う、という個人の主張は、よほどの影響力を持つ重鎮でもない限り、拾われないことが多い。しかし、これはデザインをやっていて思うことなのだが、多数決で決まって行くデザインというのは、実に平均的で、面白みに欠ける気がする。戦略が必要だということはわかる。状況判断を間違ってはいけないという冷静さは大切だろう。求められているのは「大成功」ではなく「大失敗しないこと」なのだろう。しかし「制作」と名のつくものにおいて、最後に問われるのは理屈以上の「やらずにおれない衝動」がどこまで本物か、ではないのかと思う。

アートも言葉が大切である。コンペではだいたい制作意図の記述が求められる。ステートメントがすらすら言えることも大切かもしれない。美術の歴史にのっとった ルールがどうのこうのも常識だ。美術手帳では信じがたいことだが、アーティストのなり方みたいな特集があったりする。そのうち調査結果を踏まえる前提で、作品が制作されるのかもしれない。
もちろんどんな考え方があってもいいのだが、ひとつ思う。僕はよくコンペに負ける。それはデザインコンペだったりアートの公募であったり様々だが、その敗戦通知が来て、必ず思い出すことは、最初に親を説得した愚直な感情露出の記憶である。理性とはほど遠いあの衝動をどういうわけか今でも思い出す。
拒絶は今後も続くと思う。偶然の負けはないらしいから、理性的に分析するのもいいかもしれない。しかしどうも単純な気合いみたいなものに、救われることが多い。そんなことだから負けが続くのだろうが、感情の起伏が最後の砦のような気もしている。
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