動的平衡

12 20, 2011
よく知られている事実だが、チンパンジー とヒトのDNAは98%同じらしい。ではその差である2%を修正すればチンパンジーはヒトになるかというと、そうはならない。それは遺伝子に含まれている スイッチが入るタイミングが違うかららしい。ヒトが大人になるまでの期間は、チンパンジーに比べて長い。つまり、成人になるための遺伝子が発動しないことで、雌を奪い合うことがなく、そのため性格が穏やかになり、警戒心を解き、柔軟性に富み、好奇心に満ち、探索行動が長続きするのではないか、子供時代が長いことで、学びと習熟の時間が充分に取れたのではないか、という仮説があるそうだ。

「動的平衡2」福岡伸一(木楽舎)
生物学の本だが、美術の話から始まる。名和晃平や宮永愛子が出てくる。どうしてこの人はこうも魅力的な導入部を作れるのかと思う。義務のように購入した。 制作行為は、個人的発想が発端であることが多いが、基本的に作家達は皆そこを通して、普遍的なモノを掴もうとしている。それは数学でいう未発見の定理であり、生物学では遺伝子や生命の解明という行為に近いと思う。つまり何かの真実を知りたいという共通の思いがそこにはある。

筆者の「動的平衡」というその定義は「それを構成する要素は、絶え間なく消長、交換、変化しているにもかかわらず、全体として一定のバランス、つまり恒常性が保たれる系」というものである。形を保つために形を常に壊し続ける。完全な構造を維持するのではなく、わざと解体しやすい構造にして、柔軟に環境に対応し続ける方が、最終的には生命の繋がりが壊れにくい、という概念だ。これを視点を変えて説明すべく芸術が登場する。理解しにくい内容でも、魔法のように話が透きとおる。

DNAとは楽譜のようなものらしい。これはつまり運命が決まっているということではなくて、どう解釈してもいいということ。演奏者が変わることでその曲がどうにでもなるように、自由であるということ。動物行動学者リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』(遺伝子は徹底的な利己主義者である。自らを複製するため、遺伝子は生物の個体を乗り物にしているにすぎない)に本当にそうなのかと著者は疑問を挟む。生理的な欲求には確かに遺伝子の命令がある。しかし、その命令に私達は背くこともできる。思うように行動できる自由がそこにはあるはずだ、と著者はいう。パリの音楽祭でバッハのゴルドベルグ変奏曲が演奏された時、 DJやドラムが入り込み、クラシックのバッハは吹き飛んでしまったらしいが、流動しつつも曲としては変わらない。著者はこれこそが「変奏曲」であり動的平衡そのものだと実感したようだ。そういえば少し前にカノン・ロックが流行ったが、あれが面白かったのは、もちろん速弾きテクニックの素晴らしさもあったが、やはりもとのハッヘルベルのカノンが名曲だからだろう。音楽のように自由である遺伝子というのは、確かに許容範囲が広そうだ。その他にもガン細胞が存在する理由、本当に地球温暖化が二酸化炭素排出量の増加が原因なのか等々、噛み砕いて考えてくれている。著者の柔軟なバランス感覚は、まさに動的平衡で、ずっと話を聞いていたい感じだった。

誰でもそうなるだろうけれど、鴨長明の方丈記を思い出した。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

関連記事
0 CommentsPosted in 読書
0 Comments
Leave a comment
管理者にだけ表示を許可する
0 Trackbacks
Top
プロフィール

任田進一

Author:任田進一
http://www.shinichitoda.com

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ