奈良公園

08 26, 2011
何度観てもその大きさに驚いてしまう建物が、僕の中では東大寺なのだが、今回もやはり、こんなに大きかったか、という思いは消えなかった。これを写真に撮っても無意味なことは分かっているが、やはりその迫力にシャッターを押さざるをえない自分がいた。間違いなく実物との落差を痛感するだろう。写真の無力さを思う。
建物が大きいことはもちろんだが、南大門から始まり、そこへ至る道や両サイドに広がる空間もまた広く、当時の人のスケール感に脱帽する。
再びの金剛力士像も新鮮に観ることができた。その存在感は、木の風化具合なのか金網越しの効果なのか判明しないが、現実離れしており、実物を観ているはずなのに、実態として認識できない幽玄さを伴うように思われた。庭巡りでは終止微妙な表情だった娘も、この威圧感は想定外だったようで、ずっと口が開いたままだった。

奈良公園は観るものが集中していてありがたい。そしてやはり鹿の存在は大きい。その自然が本物であることを明確に代弁しているし、なにより絵になり美しい。空気のように近寄ってくる仕草も日常にはない体験で、娘は狂気乱舞であった。「お友達になる」と言いつつ子鹿に近づき、なで過ぎたのか、母鹿に小突かれ泣いていた。

興福寺の国宝館で、千手観音菩薩や阿修羅像を実は初めて観た。展示空間も素晴らしく、奈良時代から受け継がれる国宝はさすがで、これが1300年間存在する作品と考えると、新しいという概念の軽薄さを思うしかない。存在価値は人ではなく時間が決めるということか。

濃度ある体験だったのだろう。昼間全く寝ない娘が帰りの電車で熟睡していた。今日の記憶が4歳児の頭に残るのかどうか、少し考えた。

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春日大社で神様へ手紙をしたためる娘

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春日大社の神の使い
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2 Comments
By lilliput village08 26, 2011 - URL [ edit ]

こんにちは。
東大寺ですか~。私も久しく行ってませんが、
外国の友人が来たときに連れてったきりです。
京都は女性、奈良は男性的だなと雄々しい迫力におされた印象があります。
小学校の遠足で行った覚えはあるものの、
大人になるとまた見方が違うものですね。
娘さん、神の使いと夢の中でお話しできたのでしょうか?
あおによしですね。

By 任田進一08 26, 2011 - URL [ edit ]

どうも、こんにちは。
面白い見方ですね。京都と奈良は凄いですね。
娘が夢で神の使いと、どうなったのかは僕もわかりませんが、
子供にとってあの鹿のインパクトは、
ただならぬものがあったとは思います。

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