処女作と遺作

08 25, 2011
最初と最後の作品は、作者にとって少なからず意味を持つはずで、それが素人の僕でも分かるものなのか、帰省ついでに東福寺と松尾大社へ行ってきた。ここには重森三玲の最初の仕事である八相の庭(東福寺1939年)と、絶作となる松尾大社庭園(松尾大社1975年)がある。
東福寺の庭は、方丈と呼ばれる建物の東西南北に面した庭それぞれに、別々の世界観を持たせた作りになっており、ぐるぐる回って観る快感があった。特に「八海」と呼ばれる南側と、イサムノグチが「モンドリアン風の新しい角度の庭」と評した北側の「小市松」は、写真を見ていたにも関わらず、初見の驚きがあった。やはりこの「おお」という感覚があると嬉しい。パンフレットによると「鎌倉時代庭園の質実剛健な風格を基調に、現代芸術の抽象的構成を取り入れた近代禅宗庭園の白眉」ということらしい。
対して、絶作である松尾大社庭園も、東西南北ではないが4つの庭で構成されている。パンフレットによると「伝統を重んじながらも、現代的な表現を目指した重森三玲の終生の目標であった『永遠のモダン』の、まさに最終表現の庭園が展開している」とのことである。ところが、こちらはスケールは大きいものの、ライトアップ用の器具がいかにも風情を壊しておりテーマパークみたいで、東福寺ほどの歓喜がなかった。唯一「上古の庭」に関しては、その巨大で荒々しい石の動きを生かした配置がこちらを圧倒する感じで、なるほどとは思ったが、植えられているミヤコザサが育ち過ぎ鬱蒼として石がよく見えず少々残念だった。
良くない観念かもしれないが、庭というのは、建物の中から外を見る際に、いかに内側を振り切って外を見せるのかという、ギャップが重要なわけで、もともと靴をはいて外側にいる状態で外側の世界を見ても、空間の転換がないため、松尾大社庭園のそれぞれは、いわゆる現代的なインスタレーションとしか見えず、庭とは違う印象だった。
強引に最初の作品は、自然を人智の世界に落とし込もうとする若さが滲んでいるが、最後の作品は自然の流れを優先する余裕が感じられる、などとまとめることもできるのだろうが、個人的には、処女作を越えることを最後まで模索していた作者の姿が見えるようだった。そしてさらに正直に言うと、単純に京都の街並に自然に溶け込む塀や壁や木々自体が充分魅力的で、わざわざ庭を見なくてもブラブラ歩くだけで充分楽しいのだった。
IMG_2401.jpg
東福寺 北側の庭(1939年)
IMG_2438.jpg
松尾大社 上古の庭(1975年)
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4 CommentsPosted in 展示
4 Comments
By kammy+by+toshio+kamitani08 25, 2011 - URL [ edit ]

昨年の当社の社内旅行で桂離宮にいきましたが
最後に回ったのが東福寺
素晴らしい庭でした
松雄大社は大学の割と近くでしたし
よく前を通りましたが結局見ずじまいでした
アバンギャルドですね!

By 任田進一08 25, 2011 - URL [ edit ]

そのお話を聞いて実に羨ましかったです。桂離宮を僕は見ていないのでした。
いつか見なければいけないものリストの上位です。
また、学校のそばには貴重な場所が多いのでしょうか。
東福寺は奥さんの高校の近くで、いつも横目で見ながら通っていたそうです。
京都の方々は凄く恵まれた経験を、幼い頃から日常で体験しているので、
どことなく風流な人達が多いのかなと思ったことがあります。

By kammy by Toshio Kamitani08 26, 2011 - URL [ edit ]

東福寺は実は私が憧れて入学した
日吉が丘高校の美術コースのすぐ近く
毎日前を通ってたけど
結局行かずじまい・・・そんなもんですよね
東京の方から東福寺の庭が凄いと聞いて急いで行ったのが
もう完全な大人でしたからね!
奥様の高校はひょっとして私と同じだったりして・・・
その高校は私が二年の時に独立して銅駝美術工芸高校になりました
歴史が古く実は京都芸大の前身でもあるんです

By 任田進一08 26, 2011 - URL [ edit ]

間違いなく同じでしょう。
知れば知るほど、狭い世界なんだと実感してます。
少々の年齢差とか吹き飛びますね。

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