実験

07 26, 2011
人は色がついたものの形状ー緑色の梨とか、黄色いえんぴつとかーばかり見ているのではなく、もっとずっと複雑な現象、たとえば勇気や知性、自己欺瞞や嗜癖、賭けや野望といったものを見ているのだ。現象学の基本的な考え方によれば。われわれが知覚する対象ははじめから決まっているわけではなく、前景に何を置くか、背景もしくは地平として何を設定するかによって変わる。(Robert P.Crease)

「世界でもっとも美しい10の科学実験」Robert P.Crease(日経BP社)

対象を通して見ているもしくは考えていることの相違が、誤解や摩擦を生みコミュニケーションを拗らせる。同じモノを見ているはずなのに、そこには深い断絶が横たわる。ただそれは仕方のないことだ。例えば共感は、その溝を埋めようとする相手への敬意と言えるかもしれない。しかし、ある真実を証明する実験はその誤差を限りなく縮め、皆で同じものを見ようという、科学者の真摯な思いが込められている。しかし、人間はその事実を見てもなかなか真実を認めず、立場や感覚や概念を優先させてきた。この本の美しいとはもちろん外観の話ではない。たぶんその実験器具を見ても何のことだか理解できない。ここでいう美しさとは、科学者の予想と真実が合致する一点を、ある実験が顕現させるその現象自体にある。

いま美術作品に対し「美しい」という感想を言うと、たぶんそれはけなしていることだ。イコール内容がないという暗示かもしれない。装飾をテーマに扱うにしても、それはグロテスクを踏まえないことには作品とならない。要は違和感やインパクトが重要なのだ。「美しい」という言葉をいかに使わず対象を表現するかに細心の注意が払われている。(こう書くとなんだか妙な世界だ)

美醜を問題にする時代ではなくなった現在、ここに登場する実験達は非常に魅力的だ。地球が自転していることを証明するフーコーの振り子など、変な彫刻よりよっぽど感動的だと思う。あまり日常では使わない言葉だが、真実は普遍なのだ。装飾という概念が一切ない科学に宿る美しさは、緻密な真理の追求からしか始まらない。日々の価値観が情報と共に移り変わり、何が良いのか盲目状態のいま、何百年も前のこれらの実験が、全く色あせないことに爽快感を覚える。また、実験を成功させるには、科学者個人の熟練した手技が必要であり、器具の弛まぬ微調整があり、彼らの人生を賭けた行動があったことを思うと、それは確かに「美しい」のだった。

美しい。温度&条件は完璧で対流もなし。発表すべし。(1912年4月8日)
発表すべし。美しい。(1912年4月12日)
美しい。発表すべし。ブラウン運動が起こる(1912年4月12日)
完璧。発表すべし。(1912年4月12日)
最高のもののひとつ。(1912年4月12日)
あらゆる目的に照らして最高。(1912年4月12日)
(物理学者ロバート・ミリカン/油滴実験ノートからの抜粋)
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