デザインのスタイル

02 14, 2010
自分がその年齢になる頃には、どのようなスタンスで仕事をしているのか、もしくはどのようなレベルの仕事をしているのかを考えると、現在の動きがこれでよいのかを問うことになる。今の仕事は非常に明解で自分の性格や能力にも合致していて、間違いなく恵まれていると思う。転職はここ何年も考えたことがない。しかし、それでいいのかと思うこともある。

「なぜデザインなのか」原研哉 阿部雅世 対談(平凡社)
もう否定するところなど微塵もない高尚なデザイン論である。彼らのデザイン哲学を、是非全世界に広めて頂きたいと思う。例えば僕のような、目先のクライアントと消費者の視点くらいしか考えていない人間は、もう自分が恥ずかしくて仕方がない。そしてその彼らの仕事の高貴さを自分のそれと比べると(そんなことに意味はないのだが)自分は大丈夫なのかと自問してしまう。
美大で学んだデザインというものは、社会でそのまま通用するわけがなく、大抵軌道修正が必要になり、その現実の在り方を学ぶ。「理想」という言葉の意味をここで僕は初めて体得した。思うようにならない、という実感は厳しいものだが、それはそれで悪いことではなくその後を考えればすむことで、その都度折り合いをつけてきた、「理想」を求めてしつこく食い下がることが、現場の空気を乱すことになる時、僕は無理をしなかった。
しかし、この本の著者である2人の話に触れていると、そういう場でも彼らならば淀んだ空気をより浄化しつつ、「理想」の形へ続く道を作ってしまうのだろうなあと思わせられ、そんなレベルの人間に自分はなれるのかと考えると、それはかなり夢物語のように思えてしまうのだった。彼らのその美しい話を読む程に、自分の醜さを露にされているようだった。

原研哉は同じ学科の卒業生で、現在はその学科の教授をしている。僕がそこで学んでいた時代はこう言ってはなんだが妙な学科だった。卒業していった人がデザインで名を通すことはあまりなく、有名になった人は、村上龍や草野マサムネだった。デザインなんか~的な見方がどこかあって、僕もデザインとはほど遠いアート的な卒制を提出した。当時流れに乗っていたのは佐藤雅彦とか大貫卓也でいわゆる電通、博報堂をみんなが目指しているような空気があり、そのなかで原研哉はどちらかと言えば地味な存在だった。当時特別講師として彼の授業を受けたことがあったが、丁寧だとは思ったが派手ではなく、愚かな僕は魅力に欠けると判断していた。
しかし、それから15年を経て現在を見ると、佐藤雅彦はとっくにデザインから離れ、まさに花形としてデザイン界に君臨していたのは原研哉だった。彼の丁寧な仕事は見事に花開き、的確なコンセプトは時代を捉えたようだ。あの時どこか濁っている感があった学科も、現在のあの教授陣を見れば人気学科に様変わりしただろう。自分は何を見ていたのだろうと思う。実に安易だった。軌道修正が必要なのは今かもしれない。
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