近視
07 07, 2011
自分の顔を意識したのは16歳の頃だ。僕はひどい近視なのでずっと眼鏡をかけていた。本当に牛乳瓶の底みたいなやつだ。これが重いしカッコ悪いしということで、外見的にも悩んでいた僕は、初めてコンタクトレンズをしてみた。衝撃的だった。視界の全方向にピントが合う世界は、なんと広いのだろうと思った。全然違うが、初めて3D映像を見た時くらいに驚いた。そして何より新鮮だったのが、自分の眼鏡なしの顔をある程度の距離を通して初めて見たことだ。あれは誰だと思った。自分のクローンのようで実に気持ち悪かった。ただ、眼鏡の存在が消えたことは気持ちよく、何かの呪縛から逃れたようだった。
そしてその日から約18年間ほぼ毎日、僕はコンタクトレンズを装着して生きてきた。その間コンタクトレンズはどんどん進化した。画期的だったのは「使い捨て」というコンセプトで、何より落とすと、見つけることが滑稽なほど困難なので、これはありがたかった。
しかし、そんなコンタクトレンズも34歳を過ぎると出番が減り眼鏡に変わる。その18年の間に眼鏡のレンズも進化しており、当時とは比べ物にならないくらい軽く薄くなったこともあるが、やはり経済的に眼鏡は壊さない限りずっと使えるので有利だった。まだある、確かにコンタクトレンズは顔を自由にしたけれど、目に何かが入っているという事実は変わらず、目だけの開放感を考えると眼鏡の方が目には優しい。また結婚して生活の全てを見られている奥さんに対し、何かコンタクトレンズを付けることが白々しかったこともある。フレームデザインも18年前とは格段にレベルアップしていたし、世間の風潮も眼鏡男子とかいう言葉も生まれ肯定的だった。さらに外見的な悩みなど、とっくに諦めの境地で今は頭髪の方が緊急課題だ。そうしてコンタクトレンズの歴史は終わったかに見えた。
しかし再び出番はやってきた。それはプールへ行くためだ。最近のプールは眼鏡をしていることが許されない、そうなるともう僕は何も見えない。1メートル離れると人の顔など全く判別できない。特に子供連れの場合、どれが自分の子か分からないようでは、同伴者の意味が全くない。そこですっかりご無沙汰していたコンタクトレンズを先日買いに行ったのだが、そこで実に個人的な上記のことを思い出したのだった。
そしてその日から約18年間ほぼ毎日、僕はコンタクトレンズを装着して生きてきた。その間コンタクトレンズはどんどん進化した。画期的だったのは「使い捨て」というコンセプトで、何より落とすと、見つけることが滑稽なほど困難なので、これはありがたかった。
しかし、そんなコンタクトレンズも34歳を過ぎると出番が減り眼鏡に変わる。その18年の間に眼鏡のレンズも進化しており、当時とは比べ物にならないくらい軽く薄くなったこともあるが、やはり経済的に眼鏡は壊さない限りずっと使えるので有利だった。まだある、確かにコンタクトレンズは顔を自由にしたけれど、目に何かが入っているという事実は変わらず、目だけの開放感を考えると眼鏡の方が目には優しい。また結婚して生活の全てを見られている奥さんに対し、何かコンタクトレンズを付けることが白々しかったこともある。フレームデザインも18年前とは格段にレベルアップしていたし、世間の風潮も眼鏡男子とかいう言葉も生まれ肯定的だった。さらに外見的な悩みなど、とっくに諦めの境地で今は頭髪の方が緊急課題だ。そうしてコンタクトレンズの歴史は終わったかに見えた。
しかし再び出番はやってきた。それはプールへ行くためだ。最近のプールは眼鏡をしていることが許されない、そうなるともう僕は何も見えない。1メートル離れると人の顔など全く判別できない。特に子供連れの場合、どれが自分の子か分からないようでは、同伴者の意味が全くない。そこですっかりご無沙汰していたコンタクトレンズを先日買いに行ったのだが、そこで実に個人的な上記のことを思い出したのだった。