奇跡

05 13, 2011
あの時の奇跡をもう1回という思いで作業に没頭するが、奇跡はそう頻繁に起こるものではない。真面目な行為とか冷静な分析とかが意味をなさなくなり、その奇跡が起こった時点の記憶を思い出そうとするのだが、いい感じで無心だったのだろう、ほぼ何も思い出せない。過去の自分がやけに遠く感じる、と同時に確かにあれは自分の行為だったわけで、それがもう出来ないという事実が腹に据えかね納得できない。
あるスポーツ選手が練習では4回転半ジャンプができるのに、本番ではそれを封印する的なシーンがあって、非情にも勇気ないなとか思っていたが、そういう極限技術を競う選手になると「確実」というレベルと「何回か出来た」というレベルには雲泥の差があるのだろう。たぶん練習では、みんなが細かな奇跡を頻発させる世界なのかもしれない。よく「自分の力を出し切るだけです」というコメントを聞くが、本当にそういう思いなのだろう。あの時の奇跡をもう一度とかいう都合のいい祈願ではなくて、過去におけるいい状態のパフォーマンスを忠実に再現することが勝つことなのだろう。しかし結果としてその力が出せない場合の悔しさを思うと切ない。つまりは本番に強いとか弱いとかの話になってしまうのかもしれないが、自分の力を自分で管理する限界があることを思うと、少し自分が自分でなくなるようで新鮮だ。

一晩寝て、奇跡を起こすべく再び作業に入った。昨日あれほど苦しんだことが、あっさり出来る。大切なモノをなくし、渾身の思いで探すが見つからず、後日なんの苦労もなくそれが見つかる体験と似ていた。と同時に「あの時の奇跡」がたいした奇跡でもなかったことを知るのだった。
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3 Comments
By kammy by kamitani toshio05 16, 2011 - URLedit ]

なるほど
プロゴルフの選手は練習では
ほぼ100%近くパッティングを成功すると聞きました
でも本番では・・・

以前調子にのって「サックス」を習ってて
発表会なるライブに出ましたが
音楽ってその瞬間にやらないといけないですよね
普段私の仕事ではその瞬間にやらないといけなわけではない
なんどでもやり直しができる
そういう事に慣れている人間は
ライブというのは恐怖に近い感覚でした

でも妻はそういう事の方がいいという
ひとそれぞれですね

ただライブは達成感と解放感はものすごくありました
そういう感覚は今の仕事にはあまり無い気がします

By 任田進一05 17, 2011 - URL [ edit ]

おっしゃる通りですね。
一発勝負の世界は厳しそうです。
僕は、ライブなるものに出たことがないのですが、
固まってしまう自分が、容易に想像できます。
そういう世界で生きている人を尊敬します。

By kammy by kamitani toshio05 17, 2011 - URLedit ]

確かに
私もその瞬間にチカラを出せる人は
凄いと思います
以前著名なジャズマンと話してて
でも ライブのあと 失敗とかはやはりあって
それはいちいち反省しないって言われてました
その時はその時 そして忘れる
でもそれを続けてると
凄い瞬間が来るのでしょうね

でも僕らもその瞬間はどこかでは
来ているのでしょうね
それは信じたい

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