感情がない

04 26, 2011
血が通っていない写真と評された彼が、血痕を撮影していた。しかしそれは赤い顔料かもしれないという。Tokyo and my daughterというタイトル作品に写っている女の子は「ホンマ」の娘ではない。ロサンゼルス郊外に生息するライオンを追うプロジェクトの記録にライオンの姿はない。彼が敬愛する中平卓馬のVTRに中平卓馬は一瞬しか写らない。このぶつかるべき対象が、幽霊のように体をすり抜けてしまう感覚は何なのか、これが新しいということなのか、ただ空虚なだけではないのかと思わずにはいられなかった。

「ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー」東京オペラシティーアートギャラリー
カタログに掲載されている椹木野衣の分析がわかりやすい。ホンマが無感情なカタカナで自らを名乗るという事実から、彼の写真を読み解く手法は、観者を躱し続けるクールな作品を観ていく上で、確かな手応えを掴むきっかけになると思う。しかし、あまりに現代美術的な作品の仕上げは、もう写真というより洗練されたアートとしか見受けられず(そうなのだろうけれど)何か「写真」としての美しさとか熱さ(喜び)みたいなものを期待していた僕は見事に裏切られた。確かに冷たく均質な現代を描写しているのかもしれないし、ニュー・ドキュメンタリーとは、そういうことなのかもしれないが、対象が常にずらされていくことは、自分が何を見ているのか不明になり、写真のピントは合っているのに、視界がどんどんブレていくようで、あまり気持ちのいいものではない。もちろん作品は観者を気持ちよくさせる必要はない。しかし、明るい光に照らされた多くの風景なり人物なりを見て、虚無感に包まれ落ち込む経験は初めてだった。そしてそれは今でも微妙に続いており、これがホンマタカシの力なのかと知るのだった。ずっと意図的に避けていた「たのしい写真」を読んでみようかと思った。
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