向井先生

04 15, 2011
もう15年以上昔のことだが、どうしても眠ってしまう授業があった。今日こそはちゃんと聞いてみようと思うのだが、気がつくと大抵夢から覚める自分を確認している。それは周囲も同様で、専門過程の授業で人数が少ないにも関わらず、皆催眠術にかかったのごとく沈没していた。もちろん全員気を失ってしまうわけではなく、少数の優秀な学生はその話の凄さを認識しており、崇高な授業の意味を理解していたのだろう。当時の僕は全くわかっていなかった。なんと無駄な時間を夢に費やしていたのかと思う。自分の愚かさに呆れ果てるしかない。

「かたちの原像」向井周太郎(中公文庫)
解説で深澤直人が「評することなどできない」と感想をもらし、最終講義において「聴講者は氏の思考の宇宙遊泳に酔いしれた」と語っている。僕などが何か書くことに意味などないので、内容は読んで頂くしかない。ただ、そのテキストの連なりは本当に美しく含蓄に富んでおり、その網羅している領域の広大さに驚いた。そんな素晴らしい先生の授業時間を僕は寝て過ごしていたのだと思うと、実にやりきれない。気付くのが遅いにも程がある。でもこうして本になっていることで、その一端でも掴めたと思って自分を慰めた。

僕は、武蔵野美術大学の基礎デザイン学科というところで、デザインを勉強した。先日のブログで学校は苦手だったと書いたが、この4年間は別物である。極端な言い方になるが、初めて生きることが面白いと思った。世の中の何がわかっているとはいいがたい年齢だし、経済的にも親に頼りきりで情けない状態だったけれど、それまでの生活とは全く違う世界がそこに(学校に)広がっており、こんな場所があったのかと、その境遇に居られる自分を幸せに思った。悩みはあったけれど、それは自分の能力に関するものであり、真っ当な問題だった。全てがそうではないと思うけれど、年をとるにつれて愚かしい問題が増えるばかりだとすると、そういう大切な問題を純粋に考えられる時間は貴重な経験だった。
当時、基礎デザイン学科というところは、その考え方が新しすぎ、さらにその「基礎」という言葉に誤解もあって、そこに集まる学生もその「基礎」の理念をちゃんと理解している人は少なかったのではと思う。よく意味を聞かれ説明に困ったことを思い出す。恥ずかしいが、倍率が美大にしては低かったというのが、正直な僕の受験理由だったことをここに告白しておく。他の学校や志望学科に拒否された僕は、ただひとつ門戸を開いてくれたその学科に入った。しかし今思うと、そこに入ってこその視点を色々得られたわけで、ありがたい思いが多い。現在は、有名教授陣がそろった希有な学科になった。そんな場所でいっとき学んだということが、今の自分を励ますようなことはないが、授業で制作した不思議な課題の数々を思い出す。「太陽を見てその残像を描きなさい」とか色々だったが、当時は意味がよくわからず、何のためにとか思ったものだ。無意味に思える作業をやらされるベスト・キッドの少年のような感じだった。その成果を映画のように体感できるシーンは結局こなかったが、向井先生のこの本を読んだ時に、その奇妙ともいえる課題の意味が、どこにあったのかようやく掴めたように思った。
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By kammy by kamitani toshio04 15, 2011 - URLedit ]

デザイナーの会合があると必ずお話する
大阪の著名なグラフィックデザイナーの方から勧められたのが
向井周太郎さんのこの「かたちの図像」でした
「読むべきだよ」と彼は氏は行った
私はデザイン関係の書籍に少し疲れていたので
結局「積読」状態で今に至ります

数年前 日本タイポグラフィ協会の総会で
氏の講演を聞きました
エミールルーダーなど 一連のバウハウスの流れをくんでいるようにも見えるし
ジョンケージのような前衛的なタイポグラフィ作品のようにも見える
それらの図像は かつてロゴやシンボルマークの制作をメインとした仕事に
携わっていたなら飛びついたでしょうし
またそういう系統の書籍は嗜好にもあって とても好きでした

ただパッケージデザインを主に携わると
あまり縛られた考え方は自らを苦しめる気がしたし
自由な発想が奪われる気もしました

でも 多分 かたちや文字を扱うすべての人にとって
向井周太郎さんの考え方というのは
必要な なにか「原形」のようなものがある気がします

そうですね 任田さんのこの文章に出会ったのも縁ですね
「積読」から一歩 踏み出してみようと思う

By 任田進一04 16, 2011 - URL [ edit ]

そうでしたか。ご存知だったんですね。
と同時に、
そんなに様々な活動を先生がしていたとは驚きです。
おっしゃる通りバウハウスの影響があると思います。
そして「原形」という概念はぴったりだと思います。
授業で出された課題も、テクニックの出しようがなく、
上手下手という見方が通用しないものばかりでした。
様々な現象が思わぬところで繋がっている事実に、
デザインがどう絡めるかを考え続けておられる人です。



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