儚さ

01 21, 2010
内藤礼 
すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している
神奈川県立近代美術館 鎌倉

この人の展示を観ると、作るという行為やものを生産すること自体の意味を再考させられる。
会場のささやかな展示物が発する主張は、派手さや登場感とは無関係で、どこに作品があるのかもわからない程の儚さだ。まるで新生児の命のような印象を受ける。しかし、だからこそ見入ってしまう。そしてその作品を媒介として視界に広がる風景を見直す時、確実に自分自身のものの見方に変化が起きていることに気づく。これが楽しい。
補色残像ではないが、視覚に以前よりも繊細な力が備わり、見えていなかった何かが見えてきそうな気分になれるということ。そして内藤礼は、事実そのような感覚を持っている人なのだろう。草間彌生は、あの水玉模様が常に現実として見えるらしいと聞いたことがあるが、その体験はあまりしたいと思わないが、内藤的な感覚体験は是非味わいたいと思う。
彼女の作品を観ていると、作品それ自体の効果ではない、作品周囲の空気を巻き込むような強さや、背景としてしか見ていなかった空間の存在を知覚することができる。そして、そこかしこにある多くのものが、現実を満たしているという事実の再発見が、こんなにも新鮮なのかと思う。
中庭の空に揺らめく白いリボンや、川に反射する光を受けてなびいているビーズのラインは、実に美しい。しかしそれは素材の美しさではなく、風や光といった現象が持っている美しさを映し込んでいるからだろう。
ほんの少しのことがとても重要なのだと思い知らされ、自分がひたすら透明になっていくような感覚を味わえた時間だった。

今月24日まで。
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