12 27, 2009
父が亡くなり約20日が過ぎた。
以前から生活は別々だった分、日々の影響はほとんどない。なにしろ実家を出て19年経つ。そう考えると一緒に暮らした期間も19年だった。もっと長いように思うが、そうでもないらしい。
父は常識で物事を考え、正論しか言わないタイプだったので、意見が合致することはあまりなく、最近はほとんど話という話をしていなかった。遺品の整理をしていると、父の知られざる側面が色々あり、けしてマニアックな話ができない人ではなかったことがわかる。
父としては、いつまでも親としての接し方をしていたかったのかもしれないし、僕があまりにふがいないため、注意することが満載で、そんな側面を見せている場合ではなったのかもしれないが、僕としては、世間的な正しい言葉よりも、誰も知らないような父個人としての話を、もっと聞きたかったと今になって思う。
しかし、そんな心情を吐露するような会話は、日常生活では恥ずかしいし、仕方ないのかもしれないが、少なくとも死を予感した意識がある中での死であれば、そのような言葉をもらえたのかもしれないと考えると、事故死というのは、あまりに突然でやりきれない。
残された者は、生前の面影を記憶から引き出し、もし生きていたらこう言うのかなあと、想像するしかないのだろう。ただ、言葉で諭されるよりも、その行動から教えられたことは多い。言葉としての想像は曖昧にしかできないが、行動としてのそれはかなり明確にできるし、より父らしいように思える。
生前の父の行動を想像した上での生活などしたことがなかったが、亡くなったがゆえにできる考え方もあるようで、横に父がいるような感覚で、自分自身の行動を意識してみると、父の視点を借りるような形で何か見えてくるかもしれないと思う。そしてそれは、僕にとって意味がありそうだ。
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