おばあちゃん

06 21, 2016
祖母が亡くなった。106歳だった。体重は30kg以下だったようだ。ここしばらくは筆談での意思疎通となったが、最後までぼけることなく静かな老衰で逝ったとのこと。明治に生まれ、大正、昭和、平成と生き抜いたわけだ。生活の場所が離れていたので、僕はほとんど会えていなかったのだけれど、棺の中にいる祖母は驚くほど記憶のままだった。
祖母の住んでいた金沢は、いわゆる夏休みの場所だった。新幹線で家族そろって祖母の家に行くのが、当時小学生の僕にとって間違いなく1年で一番楽しい時間だった。視界一面に広がる田んぼの緑が本当に鮮やかで、蝉の声がやまない理想的な昭和の夏休みを、僕は堪能できた。この感覚は中学1年ぐらいまで続いたと思う。ただ10代半ばになると、それなりに僕も生意気になり、親と一緒に行動するのが嫌になり、合わせて夏休みの過ごし方が変わり、祖母の家に行くことが格段に減り、仲が良かった従兄弟達とも疎遠になった。大学生になるとそれに拍車がかかった。自分なりに生きる道を模索する必要があったし、そこに後悔はないが、例えば正月は親戚一同集結みたいな習慣があれば、そこまで断絶しなかったかもしれない。ただ、それはそれで実際行われたら用意する側が大変過ぎる、勝手な考えというものだ。
そういう疎遠な状況が一変したことがある。祖父が亡くなった時だ。たぶん10年ぶりぐらいに僕は金沢に行った。祖父は大往生であったため、みんな久しぶりに会うことを楽しんでいたと思うし、従兄弟達の成長した姿を見るのは新鮮で、一気に10歳分の年月を飛び越えて会うにもかかわらず、ほとんど変わっていない感じが不思議だった。記憶も経年変化するのだろうか。そして再び疎遠になる時期を過ごす。それぞれ社会的な関わりが始まり多忙になり、結婚や子育てや楽しい経験がある一方で、人に言えない苦労を各々が何度も味わったはずだ。
そして今回、祖母の葬儀参列のため20年ぶりぐらいに再会した。もう皆40歳を過ぎていたが、今回もあんまり変わらない印象を受けた。加えて血の繋がりが視覚的に実感できた。僕は彼ら彼女らの外側に、記憶に残っている若かりし(とは言え40代の)叔父や叔母の姿を発見できた。それはもう、そっくりとしか言いようがないレベルで僕もそれを指摘された。僕の父がそこに座っているように見えるらしい、加えてしゃべり方や歩き方や座り方も同じらしい。まあいい。僕の愚かな面を熟知した親族達が○○ちゃん、○○ちゃんと僕を呼ぶのだ、その呼ばれ方は不思議と親族だけだ。確かにあの中に入れば、僕はいつまで経っても○○ちゃんなのだろう。その記憶は変更できない。でもそういう立ち位置がそこにはあるという事実が、今回は何だか嬉しく感じた。
祖母が、祖父の葬儀で「すぐ行くからね」と言っていたのを皆が覚えていて「すぐ」という感覚の差が話題になった。たぶん祖母のなかでの20年は「すぐ」だったのだろう。時間の感覚が90歳~100歳代になって、どんどん変わっていったはずだ。そこには凡人には窺い知れない感覚があるように思う。ほ乳類の生涯平均心拍数は約15億回で、それが鼠も象も同じなのは有名だが、人間の場合年代によっても心拍数が変わるのかもしれない。特に90歳~100歳代の心拍数は、もの凄くゆっくりなのではなかろうか。想像するしかないが、1日の経過や月曜~日曜という1週間の概念がかなり緩まっているように思える。祖母がその時間の中で一体何を考え、何を思い日々過ごしていたのかは伺いしれない。でも思うに40代の頃とは別次元の視点があったとは思う。何が大切で何がそうではないのか、充分に見えていたのではなかろうか、それとも最後はその自意識すら朧げになって解体され、世界の何かと一体化していたのだろうか。
北陸新幹線が開通し、駅は随分立派になった。田んぼも減った。車の少なさは変わらなかったが、目の前の光景はだいぶ変わった。結局金沢には合計すると17時間程しか滞在できなかった。色々便利になったはずなのに、常に慌ただしい生活をしている僕らを見て、祖母は何を思うのだろう。
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以下は祖母が100歳になった時のブログ。ここから6年頑張ったわけだ。
http://shinichitoda.blog117.fc2.com/blog-entry-29.html
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現実性が薄い一瞬のユートピア

06 07, 2016
裸になるのは普通かなりの勇気が必要だ。それが人前であれば尚更だし、ましてや自身のヌード写真が作品として世の中に出回るとしたら、モデルとなる人は相当オープンな思考の持ち主と言えるだろう。しかし、そういう人が世界には大勢いるようだ。ライアン・マッギンレーの作品を見てそう思わずにはいられなかった。
ライアン・マッギンレー「BODY LOUD !」東京オペラシティ アートギャラリー
男女関係なく若者が脱ぎに脱ぎまくっているが、そこには全くエロスがない。とても健康的な空気が漂う底抜けに明るそうな写真が並ぶ。若くして大成功した作者の才能は、つまり同世代の人間に対する服を脱がす技なのではないかと思ってしまう。それとも若者は今、裸になりたがっているのだろうか。その作品群を見ると、みんな実に喜んでいる。裸であることの恥じらいや戸惑いが一切感じられない。一体どんな現場なのだろう、全員裸だったりするのだろうか。それとも裸になるという行為は、本来喜びを伴うものなのか。それを意識するのをこちら側が忘れてしまったのかもしれない。
ロードムービーのように車で移動しながら場所を探し、撮影しながら仲間同士テンションを上げていくのだろう。その半端ない開放感は若さの快感に貫かれ、ある意味エクスタシーに満ちている。一方世の中は暗いニュースで満ちている、そうでなくとも生きることはそれだけで、ある程度の辛さを伴うのに、写真の中の彼らを見ていると、そういう重さからは完全に解き放たれているように見える。
たぶん、それは写真だから可能なのだろう。その一瞬の自由を閉じ込めるには写真にするしかなかったのではないか。映像ではその前後がリアルに記録されてしまう。この写真の世界はそういう現実性が薄い一瞬のユートピアだからこそ、価値があるように思えた。現実は重く暗いからこそ、ライアン・マッギンレーが受けるのだろう。ただ意外に現場は、リアルな世界であるゆえ、どろどろしているかもしれない。
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※会場は撮影が可能
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任田進一

Author:任田進一
http://www.shinichitoda.com

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