快晴の青

02 10, 2016
快晴にはオートフォーカスが効かない。これはなんだが気持ちがいい。機械では解析できない現象のひとつなのだ。対称が判別できないということは、機械的には存在していないことになるのだろうか。調べるとあの青は、地球の大気が太陽光の青色の波長をレイリー錯乱させて生じる色で、窒素分子と酸素分子にもてあそばれた青色の光が空いっぱいに広がり自分の目に入ってくるわけだが、そこには形がない。純粋な色だけだ。そういう物質としての存在が認知できずに色だけがわかる、という現象は空の青以外に思いつかない。目を下に向けると、重苦しい事件ばかりが地表で繰り返されている。この重力の縛りから人間が解放されることは今後も厳しそうだが、空を見ることはいつでも出来る。そこにはあらゆる呪縛とは関係ない空間がある。そういう事実に自分達が覆われていることを、快晴の青を見ると思う。
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The light in the house

02 08, 2016
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WALK MAN

02 06, 2016
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今日の学校給食

02 04, 2016
娘は僕に似て友達が少なく、あまり学校の話しをしない。しかし、そんな娘がある時「今日の学校給食おもしろかったよ」と話してくれた。どうやら栄養士さんが変わり、合わせて給食のメニューも見直され、ユニークな視点で給食が作られるようになったらしい。その日の給食のテーマは「昭和40年代」メニューは「ソフト麺ミートソース、たっぷり野菜スープ、チーズ、林檎、牛乳」とのこと。確かにソフト麺は食べたし、そこにまつわる思い出もあり、楽しい会話ができた。聞くとその週は月曜日が、日本で初めての給食メニューで、火曜日が戦後から始まった給食の再現と続き、金曜日で現代の給食へという流れらしい。あまりにナイスな企画で正直驚いた。クリスマスには子供達が好きなメニューをオーダーできるリザーブ給食とか、各県でよく食べるご当地給食もあったりするようで、その工夫の数々に感心した。食べる前に給食に添えられた栄養士さんからの手紙を日直が読み上げ、そのメニューに秘められた意図をクラス全員で確認し「いただきます」となるようだ。月の始めに配布される1月の献立表を見ると、給食の始まりは明治22年、山形県鶴岡町の私立忠愛小学校で家庭が貧しくお弁当を持参できない子供のために無料で食事を提供したことが発端らしい。その後戦争で中断されてしまうが、昭和21年12月24日から新しい学校給食が再開されたとのこと。栄養士さんからすると日時も合わせたかったようだが、冬休みの関係もあり、ひと月後の1月24日からの1週間を利用し、給食の歴史を辿ることにしたようだ。担任の先生はその日のメニューを撮影するようになり、子供達も食べる体験を通して昭和を感じたりするわけだ。どうしようもないニュースが蔓延る中、こういうデキる人の思いが詰まった仕事を知って嬉しくなった。個人の思う工夫が、いくらでもその仕事を光らせるいい例ではないかと思った。以下はそのメニュー。

25日(月)おにぎり、鮭の塩焼き、即席漬け、豚汁、牛乳(明治22年日本初の給食)
26日(火)ご飯、くじらの竜田揚げ、ささみとキャベツの梅サラダ、すいとん、牛乳(昭和20~30年代)
27日(水)ソフト麺ミートソース、たっぷり野菜スープ、チーズ、林檎、牛乳(昭和40年代)
28日(木)カレーライス、フレンチサラダ、バナナ、牛乳(昭和50年代)
29日(金)ケークサレ、ポトフ、炒めサラダ、牛乳(現代)
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任田進一

Author:任田進一
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