moon.20130918

09 19, 2013
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すべり台

09 08, 2013
2020年、調度このくらいの時間が流れる。どうなっているのだろうか。
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park

09 07, 2013
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世界を再構築する超人的な眼

09 03, 2013
photoshopを初めていじった時、何かの枠が外れていくような気がした。もう何でも出来てしまうのではないかと思った。自分の顔をコピペして、路上の人を全部自分の顔にしてみたり、というような無意味なことが、もうなんでもやり放題なのだった。

写真を切り貼り、滑らかに繋げて一枚のシーンを作ることが新鮮とされた昔、日本イラストレーション展という公募があった。そこのグランプリ作品の多くは、グラフィックペイントボックスで仕上げられていた。それがどういうものか僕は知らなかったが、希少なものだったということは想像がつく。(約2億円という噂だった)だからこそ、魅力や価値がそこに生じて、他作品を凌駕する視覚効果があったのだろう。しかし、それもphotoshopが出てくるまでの話だった。特別な技法がそうではなくなり、誰もが出来る普通の技に落ちたとたん、グラフィックペイントボックスは見る影を潜め、それを使用した作品群も消え去り、いつの間にかその公募展自体がなくなってしまった。根拠のない予想だけれど、今まで価値があった過去の作品群が、もうその価値を維持できなくなったのではなかろうか。そして、そういう作品を作る人はいなくなった。

「アンドレアス・グルスキー展」アンドレアス・グルスキー(国立新美術館)
しかし、ここでその技術を徹底的に極め、世界規模で天文学的なコストをかけ、美術史上最も高額で取引される「写真」を作るドイツ人が現れた。グルスキーである。やっていることも、そのコンセプトも実にわかりやすい。しかし、あのサイズでその緻密さを最後まで構築出来る人はなかなかいない。彼がどんな魔法のソフトを使用しているのかは知らないし、どれが一発撮りでどれが継ぎはぎで等々など、もうどうでもいいと思わせる圧倒感がなにより気持ちよい。その写真が事実でなくてもいい、そういう真実的な視点を具現化してくれることが、神の眼を得られたようで、感動というより快感なのだった。人間の眼はあそこまで緻密に物事を見るようには出来ていない。無意識にどこかを簡略化してしまうし、ものごとはあんな状態で留まってもくれない。常に流動し、その時々の姿は曖昧な記憶にしか残らない。しかし、グルスキーの作品を見ていると、何か世界を我が物にした感じになる。時間を止めて自分だけが動き回っているような超越感がそこにはある。

とはいえ初期の作品にそういう趣は無い、しかし近作になればなるほどその傾向は顕著になっているように見える。世界には、もう買う物がなくなったという超富豪が蠢いている。彼らが求めるのは、不可能な何かだ。グルスキーはそういう彼らに対し、時空を歪めて好きなように物事を見る贅沢な視点を提示し、コレクター達の夢を叶えたのではなかろうか。大胆に克明に繊細に世界を美しく再構築する超人的な眼、巨大な作品群を観てそんなことを思った。
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画像:http://gursky.jp/highlight.html
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プロフィール

任田進一

Author:任田進一
http://www.shinichitoda.com

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