子供の走る姿

05 26, 2013
小学生になった娘の運動会へ。
保育園では無敵だった300mmの望遠レンズが、効力を発揮できない程に小学校の校庭というのは広い。色んな人から言われていたように、保護者と児童達の間には物理的な距離以上の隔たりがあり、運動会が始まってしまうと、もう娘とは接触できないのであった。例えば、せっかくお弁当を作っても(作ったのは妻だが)一緒には食べれない。親子競技もなく、一日中ひたすら傍観者として校庭を眺めるしかないのだった。そうなると我が子が出ていないダンス的な見せ物は、どうも冷ややかな視点で見てしまいがちで、ダンスのテーマとして使用されるらしいEXILEの曲を紹介されても、「そんなの知らないよ」と毒舌を交えながら見るしかないのだった。ただ、流れた曲はどこかで聞いたことがあり、それなりのEXILE浸透力を感じはした。
一方、競う要素がある種目はどれも面白かった。ゆとり教育時代は順位をつけるつけないとの議論があったようだが、今はそんなに甘くない。40m走を頑張って走り終えた娘は、容赦なくビリの旗の列に座らされていた。子供の走る姿は実に個性がむき出され、もう4年生以上はいっぱしの大人であり、その激走にはどんなに遅くても素直にその一途さが伝わってきた。何かに優劣をつけるのは残酷だが、そうすることでドラマが生まれることは間違いない。最後の種目、選ばれし者達が出る紅白リレーで、お約束のようにバトンを渡すその直前に転ぶ痛々しいシーンは、誰もが胸を熱くしたと思う。そして、細いながらもカモシカのように疾走する女子達は、相当に美しいのだった。最後にバトンを受け取ったアンカー達の必死さはヒーローとしか言いようがなく、その中のひとりの速さは尋常ではなかった。彼は、約10m程度の差をものともせず3位から2位に上がり、その最後のひとりに迫った時、校庭はスタジアムになった。あまりに素晴らしかったので、いっそリレーだけでよかったのではとも思ったが、ゆるいダンスがあるからこそ、そのスピード感にも酔えたのかもしれない。写真は、そのゆるさの極みであった1年生のズンドコ節。
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街の記憶

05 22, 2013
僕は小学校2年から浪人時代までの約10年間を横須賀で過ごした。引っ越して来た当時は、新しい住宅地が出来始めた頃でいわゆるヨコスカ的な感じはなく、特徴の無い普通の街だと思っていた。しかしここ最近帰省するたびに「やはり不思議な場所だ」と思うようになった。
まず外国人が多い、しかし六本木とは明らかに違う。合わせて防衛大学の学生や海上自衛隊の白服を着た方々も目につく、これはやはり普通ではない。毎日目にしているうちに、異常が通常になってしまったのだろう、慣れの構造は怖い。

「街の記憶 写真と現代美術でたどるヨコスカ」横須賀美術館
展示とは関係ないが、とてもスッキリした空間が美しい美術館だった。この建物が立つ前は、芝生に覆われた広い空間でしかなく、当時の僕はよく海岸線をサイクリングしていたのだが、ここはよい休憩地点になるのでお気に入りの場所だった。
横須賀は美術とはほぼ無縁な印象だったので、初めて美術館が出来たことを知った時は驚いたけれど、相応しい所に相応しい物が出来たと思え妙に納得できた。であるから、それなりの期待もあり早く観に行きたいと思っていたが、なかなかその機会は訪れず今回ようやくその思いが叶うことになった。
正面に広がる芝生や、そこから見える海に潜水艦や軍艦が見える構図も当時のままだった。正直こんなに立派な美術館があの横須賀にできたなんて、と思わずにはいられなかった。潮風から守るためらしいが、全体がガラスで覆われ光が充満しているような空間はとても魅力的で、当時からこういう場所があったら、僕の横須賀への印象も変わっていたかもしれない。

僕の実家の裏は当時山であった。名前も「吉井」という漠然としたものでブナなどが生い茂る森で、そこでよく遊んだ。昆虫もいたし、ザリガニが取れる小川や、わけもなくドラム缶が転がるモトクロス練習用の広大な荒れ地もあり、小学生だった僕は、友人とそこを自転車で走り回った。しょぼい秘密基地も作った。小さな神社もあり、千葉から飛んで来たという巨石を祭ってあるのだが、今はその神社だけが残り、後はすべて新興住宅地として、山は削られ窪地は埋め立てられ、小綺麗な家が並び、コンビニやスーパー、公園が生まれ、なんと今風のオシャレな小学校まで作られた。僕が過ごした面影はほぼ消え去り、名前も「湘南山手」に変わった。その開発が、僕が家を出てから始まったので、帰省するたびに目まぐるしく風景が変化していくのだった。今思うともう少し感傷的になってもよさそうだが、僕の意識はどんどん横須賀から離れていく感じで、かなりドライにその変化を受けとめていた。ただ、風景が変わるダイナミズムは印象的だった。なにせ山が消えるのだ。

家を出るきっかけになったのは、大学に進学するためで、僕はそのために美術予備校へ通ったのだが、その途中にそれなりに有名な「ドブ板通り」があった。正直に言うと、今回の展示にあった、森山大道や石内都が撮影したような、ヒリヒリする刺激に満ちた通りとはほど遠い、ただの汚い近道だった。時代が落ち着いていたのかもしれない。であるから、一般的な印象であるヨコスカと僕が見てきた横須賀にはかなり乖離があるのだろう。美術館に並ぶ作品を見ても、そこにはヨコスカが多く横須賀は少なかった。もちろん「街の記憶」なのだから当然といえば当然だが。そういう意味で、ホンマタカシの作品は、その変わりゆく風景を捉えていたと思う。そこには明らかに横須賀があり、その明るい日差しに包まれた冷たい光景は、当時感じた白々しさに繋がる。

美術館のすぐそばに観音崎ホテルがあって、入ったこともなかったが、色々あり今回初めて宿泊した。日の出前の海は実に美しく、空の青と絡んで壮大な光景を作っていた。横須賀に10年もいたのに、こういうシーンを目にするのは初めてだった。
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必要に応じたアバウトさ

05 15, 2013
娘の提案で、母の日にルンバを買った。自動お掃除ロボットである。スイッチを入れるとフィンフィンいいながら床を掃除している。その動きは、機械とはこうやって仕事を処理していくのか、という今まで見えなかったその姿を可視化しているようだ。そんな動きに見入る時間があったら、自分で掃除すればいいものだが、新人に仕事を任せ、別の仕事をする後ろめたさに似た感情がなんとなく生まれ、どうも様子を伺ってしまう。その動きは、絶対にさぼらない掃除当番的雰囲気であり、広告されているシャープなコピーの数々や、そのキレイにしていく過程を示した動画のそれとは異なり、ひたすら真面目という印象だ。その実直に掃除する姿を見ていると、人間とは、はしょる生き物だなあと思った。

人間が掃除をする際その本気度は状況よって異なる。年に何回もない大掃除とか、友人や親が来るといった場合と、日々の定期的なそれとでは、まるでモードが違う。人間はそういう意味で必要な程度に合わせて仕事を進める。しかしルンバにそういう機能はない。実に一途に掃除をしている。それはもう徹底根絶という感じで、とても素晴らしいと思うけれど、例えばざっくりモードみたいな見た目重視の掃除をする機能があれば、もっとユーモラスな存在になるのに、とも思う。

もちろんそういう「いい加減」を求めるのは困難だし、機械ならではの徹底感に価値があるのは理解できる。階段からの落下回避察知能力はすばやく、充電場所に自分で戻る行為も、こちらの心をくすぐる。妻や娘は名前を考え、今ルンバは「ひまわり」と呼ばれている。そしてあきらかに「ひまわり」は僕より掃除が上手だ。こうやって人間は機械に仕事を奪われていくのだろう。そして、人間の抑揚が邪魔になり、機械に合わせた仕様が人間に求められるのだろう。そのシステム上、融通が効かないシーンというものが、今後増えないことを祈る。機械の徹底無比で正確な仕事は素晴らしい、しかし人間が持つ必要に応じたアバウトさにも大切な価値がある。「ひまわり」を見てそう思った。
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タオルも笑っている

05 05, 2013
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意図なき蛇行歩行

05 03, 2013
高学年生徒の負担を軽減するため、娘の通う学校では、集団登校が行われていない。そうなると、低学年生徒の親達は不安なので、なんとなく近所の1年生達が集まって登校することになる。娘もその1年生集団に交じって通学路を歩いている。

小学校までの道のりが結構あるので、通学路には流浪の民のごとく小学生が移動する流れが出来る。そしてどうやら娘はせっかく集まった1年生グループから外れて、その流れの中を彷徨いつつ勝手に先に進んでしまっているようだ。話しながら歩くのが苦手なのか、そもそも一緒に行きたくないのか、その辺りを聞いてはみるのだが、どうも納得できる答えが返ってこない。理由としては「早く学校へ行きたいから」らしいが、あの意図なき蛇行歩行を見る限り、そうは思えない。

そして自分のことを思う。僕は正直、人と歩くのが苦手である。それは学校に通う時代からそうだった。誰かと待ち合わせて行く、ということもほとんどやれなかった。ひとりで歩く方が明らかに気楽だった。誰かの話に合わせる必要もないし、話題が途切れることを心配しなくてすむ。そして、それは今でも全く変わっていない。僕はそういうタイプなのだった。

であるから、娘がひとりになって歩く姿を見ていると、自分の姿を見ているようで、それはそれでいいのかもしれないが、もう少数派としての生き方を選んでしまうのか、という思いもあり、勝手な親の希望としては、友達と何やらくだらない話をしつつ、笑って歩いて欲しいとか、贅沢なことを期待してしまうのであった。

朝7時45分に待ち合わせ場所集合なのだが、その場所が家から見えるので、いつもその場所で友達を待つ娘の後ろ姿が、ここ最近なんともいじらしい。何を考えているのだろうか。
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プロフィール

任田進一

Author:任田進一
http://www.shinichitoda.com

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