初浴衣

07 24, 2011
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共通認識

07 21, 2011
グループ展が始まった。オープニング後、ギャラリーのオーナーとスタッフさん達、作家数名と打ち上げ。こういうのが久しぶりで楽しかった。僕は新参者なので、どういう経緯で今に至るか、という話を全員分聞きたかったが、横道にそれる話も面白く、ずっと笑って聞いていた。そういう中にいれる自分がうれしかった。
制作を生活や仕事をしつつ続けるということは、人に対して説明しずらい行為なので、ここを飛ばし、共通認識とした上で話が出来ることは楽だった。以前リトアニアで、2週間ほど制作したり海外の作家達と交流したりという、イベントに参加したことがある。大人になっても美術を続けている人特有の空気に国境はなく、多少の問題はあったが最高の2週間だった。ただ2週間というのが肝で、これが2年だったら状況はまるで変わるだろう。表層だけのコミュニケーションで本心は語れない。
とにかくこれからなのだという気分と、作家としての立ち位置が許される心地よさが混ざり合う夜だった。台風がそれて良かった。刺激し合えるだろう人達と知り合えて良かった。
http://www.neutron-tokyo.com/gallery/schedule/1107/KITARUBEKISEKAI/index.html
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偉業

07 19, 2011
NHKのピタゴラスイッチという番組にアルゴリズム体操という妙なコーナーがあって、昨日見ていたら「なでしこジャパンの皆さんと一緒!」というかけ声と共に、あの神々しい彼女達が妙な運動を無表情でやっていた。こういっては失礼なのかもしれないが、普通の人にしか見えなかった。ユニフォームのおかげでかろうじて選手と分かるけれど、普段着ならもう判別できないのではないか。対してアメリカ代表の選手達は、皆大きく顔つきもエリートという感じで、こんな人間相手に戦うとは難儀な仕事だと思った。ただ、僕は決勝戦しか見ていないだけで、それはドイツにしろスウェーデンにしろ同じだったのかもしれない。そんな相手に勝ち続けたことは、ああいう欧米人には驚愕だったろうと思う。別にこれは男の場合でも若干感じていたことだが、男の方はほとんど負けていたわけで、腑に落ちるというか仕方ない思いがどこかで敗戦を納得させていた。しかし、今回のなでしこの皆さんは違ったわけだ。もう周知のことだが、序盤は押されていて苦しそうだったし、先取点も取れなかった。しかし毎回追いついた。その粘りというか怨念のようなゴール前の迫力に2度血が沸いた。そしてこれも周知のことだが、もともと日本女性というのは、しとやかに見えて耐え忍ぶ底力は相当強いし、なめてかかるととんでもないことになる。新聞を読むと、日本女子代表選手の多くがアマらしい。普通に通勤して仕事をしてから練習するようだ。シャワーもなく顔を洗って帰宅する選手もいるとのこと、沢選手もユニフォームは自宅で洗濯するらしい。そういう彼女達にとって、試合での1点ビハインドなど逆境でも何でもなく普通の出来事だったのかもしれない。負けが決まって両手を合わせるモーガン選手の、茫漠とした表情が印象的だった。
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(写真:時事.com、youtube)
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関係

07 17, 2011
対人関係において、僕は必要以上にシールドを作るタイプなので、これは自分でも良くないと思い、なんとか改善しようと試みているが、たぶんうまくいっていない。そんな親であるから、娘が保育園で4歳にして、孤高の状態でブロックや粘土に集中している時、胸が痛む。
思えばアートの何が良かったのかと考えると、たったひとりで世界に対峙できることだった。しかし現在そういうスタンスでアートを捉えるのは疑問だし、今その活動に際し僕の至らぬ点のひとつは、その人間関係が脆弱なことだ。

フェイスブックの面白いところは、友人関係にどういう人が名を連ねているのかを本名で視覚化したところだろう。(mixiのニックネームがどうも僕は苦手だった)盛んにアート活動を行う人は、やっぱりお友達が多く国際的だ。(普通に300人を越える人とかいて驚く)たぶん僕は全知人親戚を合わせても100人に満たないと思う。2000人を越える人の記憶力は一体どうなっているのか。あまり極端なことを目指す必要はないにしても、そういう凄さには単純に圧倒される。

暑いので娘とプールへ行った。就学前の子供用プールで娘はバシャついていたが、そのうち同じ年頃の女の子が娘と同じ行動でバシャつき始め、なんとなくふたりで競争的な感じになり、笑い始め「何歳?」みたいな会話を始め、いつのまにか手をつないで、大きいプールへ行ってしまった。なんと眩しい光景かと思い、その鮮やかなふたりに拍手を送りたかった。大仰なのだろうけれど、人間関係の美しさのひとつをそこに見たような気がした。
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心の揺れ

07 15, 2011
先日コンタクトレンズを購入した際、簡易的な目の検査もされた。そこで「明らかに視神経が萎縮しています」と言われた。何のことだか理解できなかったのだが、僕の目は異常らしい、ということだけはわかった。心配なので「視神経萎縮」をgoogle検索してみた。戸惑うような言葉が立て続けに表れ、精神をグラグラ揺さぶってくれた。キツかったのが、病気と症状.comというページの、「視神経萎縮とは視神経が萎縮して死んでしまっている状態にあることを言います。原因としては、網膜色素変性症、緑内障、網膜中心動脈閉塞症などです。どのような原因からでも、視神経の末期状態なので回復の見込みはありません。症状は視力低下が起こり、治療法はありません。」だった。末期状態とか、治療法はありませんとか言われると、なんとも心細い。多くの人が目を仕事に使っているように、僕も目が生命線である仕事をしている。食べられなくても、聞こえなくても、しゃべれなくても、歩けなくても、失明だけは勘弁して欲しいと切に思った。ただ時間の経過と共に、自分に都合がいいように解釈する勇気も出て来た。近視ではあったが40年間普通に機能していたのだ。それがある日突然失明するわけがなかろう、あと20年くらいは大丈夫だろうと勝手に思い込むことで、心の揺れを押さえた。
再検査では、視野を調べたり目の撮影などが行われた。視野は正常らしいが、視神経乳頭という脳へ繋がる穴のようなところが、大きめに窪んでおり普通ではないようだ。網膜の萎縮も所々みられるとのこと。神妙に聞いた。そしてどう治療すればそれが治るのかという答えを待った。先生の言葉は「経過を見ましょう、1年後また来て下さい」だった。目の世界では、症状の悪化ですらもその位の差をもって見ないことには判断できないのだろう。深刻な症状なのでは、と個人的に受け止めていたのだが、やるべきことはなにもないらしい。ゆるい結末だ。とりあえず来年の今頃、診てもらうしかなさそうだ。ただこういう目の症状はほとんど自覚できないらしい、逆にそれを感じた時はもう手遅れなのだそうだ。怖いものだ。
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プロフィール

任田進一

Author:任田進一
http://www.shinichitoda.com

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