おいしさ感

08 30, 2010
毎月楽しみにしている漫画雑誌がある。食べ物にまつわる話が集められているだけで、B級とはこういうことです、というベタなものなのだが、これが頭を空にしてお腹を満たすには最高の効果をもっていて、意識的にだらけようとするとき手放せない。ビールを頂きつつ適当なつまみを食しながら、漫画の中のおいしそうな料理と戯れていると、どんどん酔いがまわる。厚い人情話や、生き方のこだわりに絡めて登場する食事シーンに妙に納得し、さらにビールをあおっていると酩酊までの時間は加速する。この雑誌のいいところは、おいしく食事できることがなによりも幸せ、という柱からズレないことに尽きる。安心して感動の食事シーンまでの物語を追っていけばよく、どうみても極道系劇画調のスタートであっても最後は涙を流して何かを食べるシーンに着地するので、この上ない安心感がある。唐突にジャンルが変わってしまうと頭の切り換えが、酩酊者にとっては困難なのだ。また、いわゆる「おいしさ感」をあの手この手で工夫し表現しているので、ただの白飯もたまらないシズル感にあふれている。
残念なことがひとつ。あまりにマイナーなため、この雑誌を置いてある店が少ないのだ。書店ではみたことがなく、コンビニで購入するしかないのだが、これも限られている。以前あったから今回も、というのは甘い考えで、あまり売れないのだろう、置くことを止めてしまう店舗も多い。結果、発売日に通り過ぎるコンビニにいちいち入店し、雑誌コーナーをチェックすることになった。別に恥ずかしくはない。ただこの「食漫」見つけると、ここの店長さんは何かがわかっているなとは思う。
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俯瞰

08 29, 2010
人に自分の仕事を見せる際、ポートフォリオが役立つわけだが、自分が何をすべきか迷った時にもそれは意味を持つ。そこに如実に現れた過去の「自分」を見ていると、次への示唆があるように思う。当時の理由なく信じられた制作という時間を、完成された作品を通して振り返ると、言語化されなかった意図が見え隠れしてくる。さらにその時々を繋げると、視点が広がったようでいて、逆に何かの流れに巻き込まれただけのようでもある。そこに宿命のような必然が漂っているとしたら、それが自分が突き詰めるべく啓示されている問題なのだろう。

距離をおくことで見える俯瞰的視点の重要さを思う。同じような行為を続けて同じようなモノを量産していると、その差が見えているつもりで、逆に盲目になっている気もする。個人での判断が難しい状態にあるのかもしれない。しかし僕はそういう道を選び、他者とのコミュニケーションで制作するスタンスから距離をおいた。人間関係の軋轢が苦手なのだ。何かのアイデアを実行する際に、他者へ説得が時間のロスに思えてしまうのだ。たぶんその結果、無意味を量産し、貴重な時間を消費したと思う。無駄となる行為を止めてくれる他者、自分を次のステージへ引き上げてくれる他者がいたら、という都合のいい妄想もしないわけではない。バンドのような同志と共同で作品制作する憧れは隠さないが、やはりその困難さを思うだけで腰が引けることも隠せない。

映画やオーケストラが奏でる音楽のような巨大な作品と同等に対峙する一枚の絵もある。広い舞台を独りで成立させるダンサーもいるだろう。自分にそれができるのかは未だにわからないが、表現者の基本はかくあるべし、という考えが僕にはある。もちろん、これはただの小さな意地でしかない。影響力がある人は、自然に他者を巻き込み、奇跡的な相関関係を作り、偉大な作品を生み出す。しかし、個人だからこそ見える問題点はあるはずだし、今の自分が作るべき作品に壮大なテーマは必要ない、極小の一点に収斂される何かで充分なのだと思う。
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連鎖

08 24, 2010
無限を見ることはできないが、無限の一端を見ることはできる。
迷うことを、矛盾する両義性の狭間で揺れる状態とする時、その振れ幅でのバランスの保ち方、立ち位置の決め方が重要になる。作品制作におけるほとんどの行為は、その迷いを決断として立ち上げることでもある。

ある一定の行為を続けるうちに、ひとつの指針となる形が生まれる。その形とは、シリーズにおける他の可能性を暗示する傾向があり、迷いの振れ幅を圧縮する力を持つ。いわば無限の一端として機能を始める。しかもそれは、しばらく後になってそう見えてくる。同じような形の集積の中で、同じではないことをその形が主張し始めるのだ。この性質を持つ形を効率よく作ろうと思うのだが、どうしても出来ない。

量が必要なのだろう。行為を繰り返すことで生まれる手の動きなり何かが、しなやかな作用を及ぼすのだろう。そこで記された軌跡が、その他の純度が欠けた行為と混ざることで、その差が可視化されると考えることはできる。
そういう特別になった一枚を前にすると、その中に今まで探していた形とは異なる、別の無限性に続く要素をも秘めているように思えてくる。そして再び新しい可能性を追求すべく、行為を繋げていくことになる。その連鎖を保てる人が作家であるということだと思う。
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部屋の鮮度

08 12, 2010
母の頭髪が完全に白髪で覆われていた。以前から、染めるのはやめます宣言を聞いていたが、その変化には瞠目した。腕もだいぶ細くなった気がする。ただ表情は明るく、久しぶりに会う孫に目を細めていたし、食欲も増したようで、しばらく口にできなかった肉も食べていた。また、予想通り冷房は使用されず扇風機が回っていて、小さいタイプがベッドにも取り付けられており、頑固さの劣化は見られなかった。感心したのは家が清潔に保たれていることと、新しい野菜の栽培を始めていたことだった。

何かを諦めた人の兆候は、一概には言えないが、部屋の変化に現れるように思う。そこに美醜は関係ない、散らかっていてもいい。動き回る家主に合わせて物が入れ替わり、散らかりつつも空気が動いている健康さがあれば問題はない。想像だが社会と決別した部屋の空気は、鮮度が無い気がする。さらに確証できないが、それは即断できると思う。家主の実態を部屋はある程度反映するもので、そこに生きる意志がある部屋と、そうでない部屋があるということだ。母が1人で暮らす実家の空気は、まだ活力があった。
1人暮らしをしていた当時、季節の変化に合わせ両親が部屋に来た。せっかちな父親のペースだったので、ほんの1時間もしないうちに帰ってしまうのだが、要は部屋の雰囲気を見たかったのだと思う。話をしたところで、共感できる部分とそうでない部分を確認するだけで、譲歩する気もないなか、親として最低限できることを続けてくれたのだろう。やばい事件も多く、息子の年齢は容疑者達とも近い。さらに深夜から明け方にかけて繰り返されるアートと称する撮影行為を止められず、親としては緊張感があったのかもしれない。   

帰省ついでに火災報知器を取り付けたのだが、父親の工具箱からキリやドライバーを借りた。これが自分の原点で、それぞれの道具の嫌な部分を考慮し、自分の工具を揃えたのだった。
展示に際し、多くの人が釘を使用するなか僕はネジ派なのだが、それは父の「ネジの方が釘よりしっかり固定できる」という「教え」に今でもただ従っているだけで、その真偽は確かめていないしその気もない、今後釘に変更することもないだろう、なぜか安心なのだ。そういえばそういう「教え」がいくつかある。

父に似て僕もせっかちなのだろう、長居せずに実家を出る。ただこれからは3ヶ月に1度くらい、空気の鮮度を確かめに来ようと思った。たぶん1時間くらいで帰るのだろうけれど。
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自由な動き

08 10, 2010
先日、家の周囲の雑草を一掃すべく、体を酷使した。家の周囲はすっきりしたが、僕の体は筋肉痛でギシギシいっている。移動以外にほとんど体を動かさないので、こういう時、体は筋肉で覆われていることを実感する。特に背中から腰、太ももの内側に至る部分がひどく、あらゆる動きがコマ送りのスローモーションのようだ。ただこれが痛いけれど、変に気持ちよい。普段やらない場所の掃除をした気分に近い。40近くになると、体の使用法がパターン化され、使う筋肉、使わない筋肉の格差が広がる。幼児の風と戯れる姿が、大人はマネできない開放感に満ちているように、年齢が低ければ低い程、体の動きにあらゆる筋肉を使っていそうで、自由な動きが可能なのではなかろうか。バレエやピアノなど、幼少期の訓練がモノをいう世界は、まず前提としてこの癖のない柔軟な筋肉が必須なのだろう。そう考えると僕の筋肉は癖だらけであり、何かを覚えていく能力は著しく劣ることになる。
現在制作しているシリーズはある程度「技」が必要で、短い時間だが、滑らかに筋肉が機能する必要がある。解決策は何度も失敗を繰り返すことでの「技」の研磨しかない状態なのだが、全く別の筋トレをすることも、新しい解決法かもしれない。筋肉が体の全身を覆いそれぞれを繋げていることを、隅々に行き渡る筋肉痛が主張している。さらに筋肉の柔軟さが、自由な動きを作る以外にも、思考や表情のやわらかさにまで繋がるのであれば、ジョギングをしている人の爽やかさも理解できる。ただこれは意志の問題だが、運動するという行為は、非常に億劫で簡単に打破できるものではない。だからこそこんな感じで40近くになったわけだ。毎日欠かさずトレーニングとして体を動かせる人は、尊敬に値する。
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プロフィール

任田進一

Author:任田進一
http://www.shinichitoda.com

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