鮮度

04 02, 2011
もう過ぎたけれど3月31日は、毎年緊張する。それは、人事異動の内示があるからである。この日を迎えるに際し、いつもそれなりの想定を頭で考える。大阪か名古屋か、とか勝手なシュミレーションをして心の準備とやらをしておく。たまたま幸運なことに、今までその想定は無駄に終わっている。異動を告げられるシーンは様々なのだが、それはじんわり周囲にも知れ渡る。もちろん皆の態度は本人を含め変わらないけれど、そこには情報が空気を伝わって流れるリアルな変化が体感できる。そうして今までその時々に異動し、同じ場所で働いていた方々が去るシーンを見続けてきた。恐いもので、どんなに存在感のあった人でも、本人がいなくなり別の人が席に座る日常が始まると、記憶はさらさらとこぼれる砂のように薄まっていく。一時、毎月誰かが異動する時期があって、来月は自分かと半ば怯えるように仕事を続けたこともあった。送別会の度に大変だなあと思いつつ、ビールを呑んでいた。
そしてピッカピカの新人さんが入ってくる。その存在の大きさに毎度のこと驚く。人格や体の大きさやその他関係なく、彼らは目立つのだ。もちろんしばらくすると、彼らも周囲に馴染んでしまうが、最初の違和感は見事なものだ。春だなあと思う。20歳を過ぎて、どんなにスレた人でもあの「新人」という代名詞には適わないだろう。それは問答無用に発光しており、容赦なく異動された方々の影を光で塗りつぶしてしまう。存在の入れ替わりという事実がそこにある。ある程度大きな組織になると、この変化で鮮度を保つことが必要なのかもしれないとは思う。新しいこと自体が、何かを始めるにあたり重要なのだろう。基本的にその意識は、能動的に自分で起こすべきだとは思うが、強制的に周囲が変化するだけでも意味があったりするということか。しかし、これは、不条理な異動を知らない僕の甘い考えであって、優秀であるゆえ過酷な仕事を任され、道を作っていくような人からすると、なんとも呑気な話だということになるのだろうけれど。
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虫酸

07 15, 2010
放った言葉は自分にそのまま返ってくる。本当にお前はそれほどのものなのかと問いただしてくる。そして大抵、あんなこと言わなければよかったと後悔する。それは自分自身で語ったことを完全に実践できていないからだし、たとえそれができていたとしても、この年で自己肯定を語る程うっとおしいものはなく、そんな話を聞かされたところで、聞く方もたまらない。そうですかとしかいいようがない。黙するべきだった。思いを他人にぶつける暇があったら、その言葉を自分に向けねばならない。しかし、時にそれは声に出てしまう、特に自分より経験値のない人を前にする時、制御しづらい。それは彼らが弱い存在であるゆえ、攻撃されない立場を利用しておりタチが悪い。時に正しい言葉は傲慢以外の何物でもない。先日後輩への指導的発言を求められる場があったのだが、自分の言葉にどれほどの意味があるのかを考えると、発言全てを撤回したくなる。ただ単に自分を棚上げして説教しただけで、もし僕が聞かされる立場だったら、言われた逆の行動で相手をやり込めたくなるに違いない。
自分の視点を持てないのは今の自分なのだ。コンペで敗退する時の悔しさは二度と味わいたくないし、逆に勝利した時の嬉しさはずっと浸っていたい快感なのだ。そしてそれは他人の評価を得られた弱い自分の満足感であり、それ以外ではない。つまり他人の目が気になっているのは明白で、そこから脱却すべく左右されない自分を確立したいと、切に思っているのは今の自分だ。偉そうにしている人間が何より嫌なのだ。しかしそれが先日の僕だ、虫酸が走る。手遅れだがもっと誠実な言葉を探すべきだった。
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ふさわしい場所

04 22, 2010
その他大勢の中そこに座り、上長の話を聞くという会議でいつも考えることがある。それは、僕はなぜこの会議に出ているのかに始まり、なぜこの会社にいるのか、なぜこの仕事をしているのかに至るのだが、答えもなんとなく出ていて、僕の能力レベルで頑張った結果ここにいる、というものだ。ただその不思議な繋がりを反芻してしまうことがやめられない。

人間は必然的に、その人にふさわしい場所へ流れる傾向の中にあると思う。
脱線するが、中学生の頃M君という同級生がいた。彼の凄さは他の生徒を圧倒し、たぶんみんなそれを心から納得していた。成績は常に1番で走れば誰よりも速く、リコーダーのテストでは皆がその音色にしびれた。当時、太さが誇張された妙なズボンを履くのが主流だったが、彼はずっと学校指定の標準ズボンで通う行為を卒業まで貫いた。先生が作成するテストの模範解答はM君の解答をコピーすることだった。つまり教師の解答を越える答えを彼は書いていた。性格も歪みなく目立つことを避けていて、不良からも先生からもPTAからも、もちろん普通の生徒や目立たない生徒からも愛され、読んでいた本はアインシュタインの相対性理論だった。また文化祭で「生まれ変わるのなら誰になりたいか」というアンケートで、あらゆる歴史的偉人やスターを差し押さえ、女子も含めた生徒の約7割が「M君になりたい」と答えた。M君の素晴らしきエピソードは終わりがないのでもうやめるが、ひとつ覚えているのが、大抵ひとりで帰宅していたことだ。高貴であるがゆえの孤独を凡人の僕は未経験だが、彼はそれをひしと感じていたに違いない。そして、たぶんそれぞれの学校には、彼のような孤独な思いを秘めた輝度の強い逸材が一定数いたのではないかと思う。そしてその人達は成長と共に、彼らにふさわしい場所へ流れて行ったのではないか。イチローが甲子園で活躍しプロ野球で記録を残し、そのうちメジャーで殿堂入りするように。山崎直子さんが東大へ行き、お母さんになり、NASAへ行き、宇宙へ旅立ったように。稚拙に例えれば、玉石混合の玉は玉で集まり、石は石で集まることが必然、もしくは運命ではなかろうか。そしてその中でも再び玉と石に分かれ、さらにそれぞれが集まり、を繰り返し現在に至るということだ。
冒頭の会議中怒られそうだが、そんなことを考えた。つまり僕の成長過程の行き着く先が、今のこの会議室に至るのだろうなあと思ったのだ。あたり前といえばあたり前だ。

試験の点数で僕がつまらぬミスを連発していた時、父が諭してくれたことがあった。本当のライバルは見えないところにいる、と彼は言った。つまり実力が拮抗するレベルを全国模試などで例えた場合、同点の人が何人いるかという計算をするらしい。ここで1点多く取るだけで順位がどれだけ変わるかを考えると、確かに微妙な差で何百人か並んでいそうに思える。
父の言いたかったことは、細かい点数を馬鹿にするな、その怖さを知れ、ということだが、少しアレンジすると、広い視点で見た時に同じような思考を持つ人は、側にいなくても世界的にみれば一定数いる可能性がある、とならないだろうか。そしてさらに、人が成長しその進む過程で出会う人が、より自分に近しい存在である可能性が高いと考えるのは乱暴だろうか。年齢性別関係なく出会うべくして出会う人の流れが、本人の意志ではなくその生命体レベルとして繋がり合う必然があるように思えてならない。しかしこれは運命が変わらないというのではなくて、力を入れて何かを続けることで、よりそれを助長してくれる存在と引き合えるかもしれない、ということだ。類は友を呼ぶとは微妙にニュアンスが違う。
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しゃべる

03 07, 2010
僕は口数が少ない人間だと思う。仕事場では必要以外の言葉はほとんど発しない。下手をすると挨拶すらしていないことがある程だ。しかし、そんな人間でもしゃべらねばならない時があり、苦労するのだが、大抵それが終わると気分が変化しているので、たぶん人間はある程度しゃべった方がいいのだろう。30分以上ひとりでしゃべり続けなければいけない場合、その時間配分を考慮しつつネタを準備するのだが、これが意外に思考整理の役目を果たすので馬鹿にできない。そもそも、その機会が与えられなければ、そんなことはやりもしなかったわけで、別の自分を意識する、貴重な時間と見なすこともできる。
自分が人前に立つタイプの人種でないことは自覚しているが、最近何故か、しゃべらされる機会が増えてきた。場数を踏んだ体験が慣れないことへの訓練になるようで、専修大学で講義をやっておいてよかったと思う。そのお陰で今回は、人数の少なさもあるが随分楽だった。自分にとって何が役立つかは、自分ではなかなか見えないが、自分が発した言葉が、どのような反応を持って返されるのかを、知ることができるだけでも収穫だろう。ありがたい場を与えられているのだと思う。
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むずむず

12 28, 2009
先日、大学時代の同級生の依頼で、専修大学で特別講義をした。
情報デザイン学科で准教授をしているその友人は、卒業後、様々な大学で非常勤講師を続けつつ現在にいたる。講義の前に案内された、大学内の本にまみれた彼の個室がなかなか魅力的で、彼が彼の思考に没頭して仕事をしている日常を感じさせる空間だった。仕事と制作が分かれている僕の生活とは違う潔さをそこに感じた。コーヒーもおいしかった。

講義内容は、デザインに関する僕の経験を語るもので、学生にとってその話が面白かったかどうかは謎だが、100人近くの学生を前に話す僕にとっては、初体験であり面白かった。階段状の講義室は、学生の個々の状態が予想以上に見渡せるし、さらにカメラもあって、映像で彼らの背後も確認できるのだ。そして、なにより途中での入退出者の動きが、僕の授業態度を思い出させ、当時こういう感情を教授達に与えていたのかと妙に納得したりした。
反省としては、質問への対応に工夫がないというか、普通なことしか言えなかったことだ。
正直、言っているそばから「俺ってつまらねえな」と思っていた。
なんというか、実際デザインをする現場では、面白ければ多少の間違いなど、逆に魅力的なのだが、こういう講義の場では、妙なことを言ってはまずいのではないかと、勝手に自制心が働き、正しいことを言おうとしている自分にむずむずしていた。
いい年なのに、経験の足りない自分を素直に感じた。

大学の近所にある和洋混合の不思議な喫茶店で、友人からパスタを御馳走になる。
面白いし結構なことだが、どうして大学近辺にはこういう変な店が多いのだろう。
駅へ向かう道で、様々な学生とすれ違う時、そういえば自分もこんなような空気を吸っていたことを思い出した。そして、外から見れば実に羨ましい時期なのに、当時の僕はあらゆることが思うようにできず、やっぱりむずむずしていたことも思い出した。
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プロフィール

任田進一

Author:任田進一
http://www.shinichitoda.com

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